第36話 イズモ

 監視どもは去って行った。


「711番、お前にはなんの傷も付けてないからな。

 ジジィの事は大目に見ろよ」


 などと言い残して。

 ブラッカートと呼ばれた男の方はこちらを呪ってやる、とでも言わんばかりの目で見ていたが。

 呪い殺してやりたいのはこっちの方だ。


 監視どもが居なくなった途端、俺とセタントはヒンデルに駆け寄る。


「ヒンデル、無事か?」

「324番! 大丈夫っ?」


「アタタタタ……

 はははっ、なーに大したことは無い。

 この程度やられ慣れとるわい」


 金髪の子が老人の頭を抱え、土を払い落としている。あのブラッカートが老人の頭を蹴り、踏みつけて出来た汚れ。

 バカ野郎、敬老精神と言う物を一つも持っていないのか?!


「ひどい…………

 こんなの……って」

「ヒンデル、ムチャをするな」


 踏みつけられただけで、ケガ自体は大していない様ではあるが、相手は年寄りである。

 俺は黄魔石トパーズを隠し持って、軽く老人の肩に触れる。


 瞬間治癒ヒーリング


 ヒンデル老が俺の目を見て、軽く頭を下げる。礼の証。気にしないでくれ。俺こそ助けられたのだ。


「ありがとうよ。

 ほれ、もうピンピンしとるわい」


 老人は立ち上がって見せる。まだ服に汚れが付いているもののしっかりした足取り。


「あの程度、足蹴にされるのは慣れておるんじゃ」

「…………」


 セタントは泣きそうな表情で老人を見守る。俺の方も気分が落ち着かない。

 あのブラッカートと呼ばれた男。老人が謝りながら頭を擦り付けてると言うのに、その頭を足蹴にしていた。思い出しただけで気分が悪くなる。


「……やめて、ホントウにやめてよ。

 わたしのために貴方が犠牲になるなんて、そんなの耐えられない!」


 金髪の子も同じ、いやそれ以上に精神が乱れているのだろう。

 半分泣きそうな声。頭を左右に振って、激情に駆られている。長い睫毛からは涙の雫まで飛んでいる。


「セタント、落ち着け」

「……悪かったな、クラインの坊ちゃん。

 みっともない処を見せた」


「違うよ、違います。

 ……みっともなくなんて無い。

 ………………

 本当に助けられました。

 ありがとうございます。

 僕も取り乱して、すいません」


 大きい声を出した後、息を荒げていたがやっと落ち着いて来た様子のセタント。俺は静かに語り掛ける。


「なぁ、セタント。

 ショックだったと思うし、俺も許せない気持ちでいっぱいだ。

 だけど、この鉱山労働所では珍しい事でも無いし。

 今後も起きる事なんだ」

「ああ、そうじゃ。

 わしはホントに慣れておる。

 気にするのは止めるんじゃ」


「………………

 そんなの、だったら……ここが間違ってるんだ……」


 金髪の子はつぶやくように言った。


 その後、俺達は静かに作業を続けた。たまに監視どもが見回りに来るが、キチンと仕事は進めているのだ。文句を言われる事も無い。

 たまに監視の男がセタントを見て何か言ってるのが不愉快ではあったが。


「あれか……711番」

「そうだ、フェルガ副所長のお気に入りだってよ」


「へっ、あのコワイ副所長も女だったってワケだな。

 男の子がお好きと」

「鬼みてえに恐い女と貴族のお坊ちゃんみたいな美少年。

 お似合いじゃねぇの。

 男女逆転してるけどな」



 セタントは聞き流す事に決めたようだった。ピクピクと眉は動いていたが、表情は変えずに聞こえていないフリ。

 監視がいない隙に言う。


「ねぇ、僕を気にして監視が手を出さないって言うなら。

 今後はそれを利用しよう。

 僕が711番だ、って言うよ。

 だからキミたち。

 この人が副所長のお気に入りだぞー。

 手を出したらどうなってもしらんぞー。

 って脅かしてよ」


 冗談の様に言っている。どう考えてもそんな立場、セタント・クラインが受け入れそうなモノでは無い。


「良いのか?」

「……良いよ。

 僕をかばって、誰かが傷つくのを見せられるくらいだったら……

 僕のプライドとか……そんなのどうだって良いんだ」


 俺は軽く、彼の肩を叩く。


「セタント、キミは大人だ。

 俺よりよっぽど考え深い賢者かもしれない」

「なにさ、ワザとらしいよ。

 キミ人を褒めるのヘタだね。

 それにこの鉱山では名前で呼び合うのは禁止なんだろ。

 規則を犯してる」


「良いんだ。

 今は監視アホウどもはいない」

「そう言うコトさ。

 セタントさん」


「ヒンデルさん、さん付けは止してよ。

 僕もヒンデルって名前で呼んで良いですよね」

「ああ、ワシはヒンデルじゃ。

 クライン家の方に覚えて貰えて嬉しいぞ」


「フフフッ。

 ……それでキミは本名を語れないんだっけ」

「………………」


 セタントが俺の方を向いている。俺が名前を名乗らないのは、ナニか事情が在るのだろう、と気を使っているフンイキ。だけど、俺には労働者999番の名前しか……



「イズモだ。

 イズモ・ハタラク。

 単にイズモと呼んでくれれば良い」


 俺はここでも出雲働の名前を出していた。

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