第4話 初めてのダンジョン
翌日の明け方、ルーテはいつものように一番早くベッドから起き上がり、本を持って堂々と孤児院を抜け出す。
(バレていると分かった以上、こそこそ隠れる必要はありませんね!)
完全に開き直っていた
孤児院の外は心地よい微風が吹いていて、草むらがなびいている。
その様子をしばらく眺めた後、ルーテは満足げに言った。
「今日もいいグラフィックです!」
それから、村とは別の方角へ向かって歩き始める。
そうして彼がたどり着いたのは、孤児院の東にある少し背の低い木々が生い茂った森だ。
――この森は子供達の遊び場である。橋を越えなければ自由に遊びまわって良いとシスターから教えられている。
ルーテは森の中へと足を踏み入れ、川に架けられた橋の前までやって来た。
この橋の先に、魔物の蔓延る危険なダンジョンが広がっているのである。
とはいえ、ストーリーの序盤から自由に出入りできるダンジョンなので、推奨レベルは5と低めに設定されている。
今のルーテなら、余程の事がない限りここで命を落としはしないだろう。
おまけに、このダンジョンには【隠密】や【鍵開け】といったスキルの指南書を落とすモンスターが沢山徘徊している。
その名も『野盗』だ。
種族は人間だが、原作の魔物図鑑にはちゃんと記載されるのでモンスター扱いである。
(人に暴力を振るうのはいけませんが、野盗は人じゃなくてモンスターです。何の問題も有りませんね!)
ルーテは本気でそう考えながら、ダンジョンの中へと足を踏み入れるのだった。
(……あ、でも橋を越えてはいけないと言われてました。……ごめんなさい先生)
そこでふと気づき、少しだけ落ち込むルーテ。一応、彼なりに先生との約束事を守ろうとしているのである。
(……いや、でもあれは遊ぶ時の約束事ですし……今日は遊びに来たわけではないのでやっぱり問題ありませんね!)
だが、その後すぐに謎の理屈で自分を正当化して開き直った。こうしてルーテはどんどん暴走していくのだ。
(魔力を半分くらい消費しても指南書が見つからなかったら、大人しく帰りましょう)
ルーテは本を開き、そこに書かれている文章の一節を読み上げる。
「風よ舞え、アウラ」
すると、彼の周囲に微風が吹き始めた。
今までルーテが読んでいたのは、魔導書だったのである。
二年間魔導書を読み続けたので、既にいくつかの魔法は習得済みだ。魔導書による魔力の補助があれば、いつでも発動することができる。
(やっぱりこれ……すごく恥ずかしいですね!)
しかし呪文を詠唱することにやや抵抗があるので、人前では使えなかったのである。
初級の風魔法を詠唱した時点で、ルーテの顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。
(偉大なる先人達が無詠唱だとか詠唱破棄だとかをこぞって追求していた理由がよく分かります……!)
自分で起こした風が、熱くなった彼の身体を冷ます。
――この世界の魔法は、熱、冷、水、土、風、雷、の六属性に大別される。
いくつか例外は存在するが、基本的に誰しもがこの六つの属性のいずれかに対する適性を持っているのである。
ルーテの場合は、風属性に適性があった。
無理をすれば他の属性の魔法を使用することも可能だが、消費魔力が多いうえに威力が下がるので、あまり利点がないとされている。
だが、それはあくまでこの世界における一般的な常識であり、実際の仕様は違う。
「火花よ散れ、シンティラ」
ルーテがそう唱えると、彼の目の前で小さな爆発が巻き起こった。
特定の魔法は、唱える順番によって様々な相乗効果を生み出す場合があるのだ。
このシステムを理解しているか否かで、魔法を使用した戦闘に大きな差が出る。
この世界ではほとんど知られていないのにも関わらず、ほぼ必須と言って良い知識なのだ。
(とりあえず……発動した魔法の制御はちゃんと出来ているみたいですね。我ながら完璧です!)
ルーテは二年間の努力が身を結んだことに感動しつつ、いよいよダンジョンを進み始めるのだった。
「早くモンスターとエンカウントしたいです!」
探索を開始して早々、ピクニック気分でそんなことを呟くルーテ。
その背後の木陰から、数体のコボルトと、それを従えた盗賊達が様子を伺っていた。
「グルル……ッ」
「……ガキか」
「金目のもんは持ってなさそうだ。ハズレだな」
「お前ら喰って良いぞ」
「グギャギャギャギャ!」
野盗の指示を受けたコボルト達が木陰から飛び出し、ルーテの背後へと迫る。
――その瞬間。
「シンティラ!」
突然、ルーテはそう唱えた。すると彼の背後で爆発が起こる。
接近していたコボルト達は吹き飛ばされ、ただの経験値になった。
一度詠唱を済ませた魔法は、しばらくの間呪文を省略して発動する事ができるのだ。
(……ふぅ、危うく背後からの先制攻撃をくらってしまうところでした)
初戦闘を一瞬で終了させたルーテは、ほっと胸をなで下ろす。
「ですが……僕の勝利です!」
コボルトを爆散させたことで沢山の経験値を得られたので、ご満悦の様子だった。
「な、何なんだよ……あのガキ……!」
一部始終を見ていた盗賊の一人が、思わずそう呟く。
ルーテはそれを聞き逃さず、近くに隠れていた盗賊を目ざとく発見した。
(あれは……更なる経験値……!)
何も知らない盗賊の近くへ、レベルアップに飢えた狂人がゆっくりと迫る。
「クソ! とにかくアジトに戻るぞ!」
「お、おい、あのガキ……こっちに近づいて来てないか……?」
「馬鹿を言え。
――ちなみに、レベル差が大きすぎると【隠密】は効果を発揮しない。
*
「ぐわあああああああああああああああああああああッ!」
――数分後、ルーテの目の前には戦闘不能となった盗賊が折り重なって倒れていた。
ルーテは盗賊達の持ち物をガサゴソと漁り戦利品を探す。
これではどちらが野盗なのか分からない。
「指南書……誰も持ってませんね……魔法の威力が強すぎて焼けてしまったのでしょうか……?」
「うぐ……化け物が……!」
「僕の名前はルーテです。誰かこの中に【隠密】の指南書を持っている方はいませんか?」
「貴様……『それ』の存在をどこで聞きつけた……!」
「先に僕の質問に答えてください」
ルーテはそう言ったが、盗賊達は誰も答えなかった。
「風よ吹き荒れろ――「待て待て待て! 俺達は誰も持ってない! あれは……」
「そうだ!」
その時、ルーテは思い出す。【隠密】の指南書はダンジョン内の隠れ家にいる『盗賊見習い』のみが落とすレアドロップ品であることを。
(僕とした事が……勘違いしてました!)
ゲーム本編だと【隠密】はそこまで必要なスキルでは無いので、ルーテはすっかり忘れていたのだ。
(となると……まずはこのダンジョンの奥地を目指さないといけませんね。思ったよりも時間がかかりそうです……朝ご飯の時間までに帰れると良いのですが……)
ルーテは、倒した盗賊たちを放置して歩き始めた。
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