第16話 鬼の明丸


「右手を前にして剣を握り、左足を一歩引く。剣先は……私の喉元を狙え」

「はい!」

「待て。右手に力が入りすぎだ。握る時は左手の小指と薬指に力を込めろ」

「……はい!」

「これが全ての基本となる≪正眼の構え≫だ。覚えておけ」

「…………はい!」


「……では私の言う通りに振ってみろ。……右足を前に出すのと同時に、左手が額の位置に来るまで刀を振り上げる。――そして、そこから左足を引きつけながら一息に振り下ろす」

「………………」

「違う、刀は真っ直ぐ振り下ろすんだ。右に少しだけ曲がっているぞ」

「………………はい」

「待て、背中も曲がっているぞ。ちゃんと背筋を伸ばせ」

「明丸……」

「どうしたんだルーテ?」

「チュートリアルが厳し過ぎます!」


 明丸は初心者相手に優しく教えるのが壊滅的に苦手だった。


「……儂の出番が来たみたいじゃな」


 見かねた老人は、二人の元へ近づいていく。


 *


「まあ……こんなもんじゃろう」

「ありがとうございます!」


 ――それから、ルーテは老人にみっちりと教え込まれ、ようやく≪正眼の構え≫を習得することができた。


(やりました! 構えを覚えないと何も始まりませんからね!)


 疲れ果てて縁側に寝そべりながら喜ぶルーテ。


 このゲームにおいて、刀は上級者向けの武器だ。


 戦技を使用する際、まずは≪構え≫から発動しなければいけない為、初動が遅く不意打ちに弱い。気を抜けばあっさりと敵にやられてしまうのだ。


 従って、≪一閃≫や≪鞘打ち≫といった構え無しでも使用可能な戦技で敵を牽制しつつ、≪構え≫からの高火力コンボを狙うというのが基本的な戦闘スタイルになる。


 状況に応じた臨機応変な立ち回りが要求されるのだ。


(まあ、ロマン寄りの武器ですよね。僕はそういうの好きです!)


「だ、大丈夫かルーテ……?」

「はい、少し疲れただけなので問題ありません!」

「そうか。……よく頑張ったな」


 その言葉を聞いたルーテは、驚いた表情で言った。


「まさか明丸に褒められるとは思いませんでした!」

「……そなたは私のことを何だと思っているのだ?」

「鬼です!」

「………………正直な奴だ。もはや怒る気にもなれない」


 明丸は肩を落としてそう言うと、ルーテの隣に腰かける。


「ふぉっふぉっふぉっ、今日の稽古はこれでお終いじゃ。二人ともゆっくり休むとええ」

「……それじゃあ、僕は帰りますね」


 ルーテは言いながら立ち上がった。


「…………もう帰ってしまうのか?」

「はい! 今ならぐっすり眠れそうですからね!」

「そ、そうか……」

「何か問題でも?」

「いや……そういう訳ではないが……」


 口籠る明丸。

 

「初めてできた友達が帰ってしまうのが寂しいんじゃよ。な、明丸?」

「違います! おかしな事を仰らないでください!」

「まったく。明丸は素直じゃないのう。稽古の時は真っ直ぐなんじゃがな」

「………………っ!」


 明丸は老人のことを睨みつけるが、老人の方は意に介していない様子だ。


「ルーテ、帰る前に風呂に入っていくとええ。明丸の背中を流してやっとくれ」

「……確かに、このまま寝たらベタベタしそうですね。分かりました!」

「それじゃあ、儂は風呂を焚いてくるとしようかのう。ルーテ、お主はその間、明丸に曲芸でも仕込んで待っているのじゃ」


 老人はそう言い残してその場から立ち去る。


「私は曲芸師など目指していませんッ!」


 明丸は抗議したが、老人にその声は届いていないようだった。


「ふん! 都合の良い時にだけ耳が遠くなるお方だ!」

「まあまあ、落ち着いてください。お年寄りはいたわってあげましょう」


(曲芸って……魔法のことでしょうか? そういえば、この国には魔法という概念が存在しない設定でしたね)


 怒る明丸をなだめながら、そんなことを考えるルーテ。


「……だが、私を打ち負かしたあの奇妙な術は少しだけ気になる……!」

「教えてあげましょうか?」

「本当か?!」

「超初級の魔法くらいなら、練習すればすぐ使えるようになると思います」

「ぜひ教えてくれ!」

「確かに、こういう時だけ素直ですね……」


 かくして、ルーテは明丸に初歩的な魔法を教えることになったのだった。


(僕としても、本来魔法を使わないように設定されているNPCが魔法を習得した場合、どうなってしまうのか気になります!)


 だが、ルーテにとってはシステムの検証的な意味合いが強い。


 *


「では、僕の言う通りにしてください。……まずは目を閉じて、自分の中にある魔力の流れを感じ取ります」

「む、難しいな……」

「大切なのはイメージですよ。想像力が何もない所に火や水を生み出すのです。――ですから、自分の中に何かが流れている想像をするだけで構いません」

「ふむ……」


「……どうでしょう、何か変化はありましたか?」

「少し……身体が熱くなってきた……ような気がする」

「なるほど、明丸には熱属性の適性がありそうですね。――それじゃあ、僕の言うことを復唱してください。コツとしては、『人に聞こえるように命令する』感じです」

「承知した」

「ではいきます。――火花よ散れ、シンティラ」


 ルーテがそう唱えると、目の前で小さな爆発が巻き起こる。


 彼の魔法の威力は、超初級魔法を単体で唱えても雑魚敵を倒せる程度にまで上昇していた。


「ええと……火花よ散れ、しんていら……?」


 今度は明丸が唱える。


「シンティラです」

「し、しんてぃら!」


 すると、線香花火のような極小の火花が目の前に一瞬だけ発生し、すぐに消えた。


「うむ…………」

「最初は僕もこんな感じでした。明丸は教えたらすぐに出来るようになったので、素質はかなりある方だと思います! 気を落とさないでください!」

「や、優しい……。これが人に教えるという事なのか……!」

「そうです。己の行いを悔い改めてください!」

「そこは厳しいのだな……」


 ルーテから一歩遠ざかる明丸。


 だが、こうして彼は熱属性の超初級魔法を習得することができたのだった。


(特に問題は起きていませんし……ゲームが想定していない行動をとっても大丈夫そうですね。――これで僕も安心して負けイベントを回避できます!)


 そして、検証の結果そんな結論に至るルーテ。


 しかし、バグはすでに発生していた。

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