第17話 致命的なバグ


「……しんてぃら!」


 明丸がもう一度唱えると、先ほどより微妙に大きい火花が発生する。


「やったぞ! 見たかルーテ!」

「はい! 段々とコツが掴めてきたみたいですね」

「よしッ!」


 明丸は拳を硬く握りしめた後、軽く咳払いをして言った。


「…………まあ、私にかかればこんなものだな。ふん」

「別にカッコつけなくても良いんですよ?」

「格好つけてなどいない!」


 ルーテに指摘され、声を荒げて否定する明丸。


 ちょうどその時。


「おーい二人とも。風呂が焚けたぞい。入るとええ」


 老人の声が遠くから響いてきた。


「……だ、そうだ。私について来いルーテ。背中を流してやる」

「僕の体はまだ柔らかいので、自分の背中くらいなら自分で洗えますが……」

「やかましい。つべこべ言わず黙って来い」


 そう言い残し、声のした方へ歩いて行く明丸。


「横暴ですね……やはり鬼……!」


 ルーテはその後を追うのだった。


 ――やがて、明丸は離れにある小屋の前までやって来て立ち止まる。


「ここがお風呂なんですか?」

「そうだ。今更恥ずかしがるなよ」


 そう言いながら、小屋の中にある脱衣所へと入って行く明丸。ルーテも後に続く。


「……ところで、師匠はどこに居るのでしょうか?」

「おそらく入れ違いになったのだろう。戻って茶でも飲んでいるに違いない」


 明丸着ていた袴を脱ぎ、籠の中へ放り込んだ。


「まったく、今日は散々な一日だったよ。そなたに負けて自分の弱さを思い知らしされた。――――だが、それで良かったのかもしれないな」


 続いて着物を脱いだその瞬間、事件は起こる。


「あ、明丸?!」

「どうしたルーテ? そなたも早く脱げ。裸の付き合いというやつだ」

「お、女の子と裸の付き合いはできませんっ!」

「何をふざけたことを言っている。私は男だ」

「どこからどう見ても女の子ですっ!」

「…………は?」


 突然おかしなことを言い出したルーテに困惑し、何とはなしに自分の体を確認する明丸。


 ――しかし、そこにはあるべきはずの刀が存在していなかった。


「ええええええええええええ?!」


 明丸は驚愕し、人生最大の叫び声を上げる。


(どうして僕はこんな目にばかり遭うのでしょうか? 見た目のせい……?)


 一方、そんなことを思いながら慌てて両目を覆うルーテ。


「ななな、ないっ! どうして?!」

「明丸……女の子だったんですね……僕はてっきり……」

「ち、違う! 私は男だ! 少なくとも今朝までは男だったはずなんだ!」

「…………はい?」

「どうして女になっている?!」


 どうやら、ただごとではないらしかった。


「つまり……その、性別が変わってしまったということですか?」


 ルーテの問いかけに対し、目を潤ませながら頷く明丸。


「…………なるほど」


 取り乱す明丸の姿を見たことにより、かえって冷静になったルーテは、状況の分析を始めた。


 ――真っ先に考えられる原因としては、先ほどルーテが教えた魔法の影響によるものだ。


「……となると、直接の原因は魔力の消費でしょうか。……本来変動しないはずのステータスに干渉してしまったせいで、明丸のキャラクターデータ全体に何らかの不具合が生じてしまったのかもしれませんね」

「な、何を言っているんだ? 私は元に戻るのかっ?!」

「すみません、僕にはなんとも…………」

「そんな…………!」


 絶望し、その場で膝をつく明丸。今にも泣き出してしまいそうである。


(……このゲーム、意外ともろいですね。ちゃんとデバッグしてください!)


 ルーテは心の中でそう思った。


「…………でももしかしたら……消費した魔力さえ元に戻せば、異常も治せるかもしれません」


 明丸のことを不憫に思い、希望的な意見を述べるルーテ。


「それは本当か?! それなら、魔力はどうやって元に戻せばいい?」

「……残念ながら、僕は魔力回復アイテムを持っていませんし……時間経過で自然に戻るのを待つしかなさそうですね……」

「うそ……だろ……?」

「とりあえず、様子を見ましょう。もし戻らなかったら……その時はその時です。元気を出してください!」

「う、うわああああああああああああっ!」


 明丸は、再び叫び声を上げるのだった。


「……やっぱり儂も入ろうかのう」


 更に不運が重なり、小屋の外から老人の声が聞こえてくる。どうやら、一緒に風呂へ入ろうとしているらしい。


「………………ッ!」

「……あれ、開かない」


 明丸は咄嗟に小屋の鍵をかけ事なきを得た。結果的に、老人は小屋の外に締め出される。


「……仕方がありません。師匠には僕が事情を説明しておくので、とりあえず明丸はお風呂に――」

「男に二言はないぞッ! お前も服を脱げルーテ!」

「えぇ……?」


 どうやら、明丸は完全に気が動転しているようだ。


「い、いや、流石にそれは……」

「私の裸だけ見て済ませるつもりかこの変態が! 覚悟しろっ!」

「わあああああっ?!」


 ルーテは明丸に襲われ、服を剥ぎ取られた上で無理やり風呂場へ連れ込まれる。


 ――結局、明丸が元に戻ったのは一通り洗い終わった頃だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る