第33話 アッシュベリー
「何を思い出したです?」
ミネルヴァは、首を傾げながら問いかける。
それに対し、ルーテはベッドから出てこう答えた。
「アッシュベリーは……商会の名前です!」
「しょーかい?」
「はい。原作には登場しませんが、おそらくセレストさんのお父さんが商会の一番偉い人なのでしょう!」
「よく分からないですけど、たぶんミネルヴァの方がえらいのです」
「僕はこれからセレストさんのお父さんとお話しして来ますね!」
そう言い残し、高速で部屋を出て行くルーテ。
彼とミネルヴァの話が噛み合うことは最後までなかった。
一方、先ほどからずっと放心状態のイリアは、力なくその場に崩れ落ちる。
「ど、どうしたですかイリア? しっかりするです!」
ミネルヴァは慌てて彼女にかけ寄り肩を揺さぶる。
「お腹が空いたですか? だからミネルヴァと一緒に食べれば良かったのです!」
「るーちゃん……ケッコンしちゃうの……?」
「ふぇ?」
「だ、だって! キッスしてお父さんとお話しするだなんて……それはもう結婚じゃないっ!」
「……はあ、なんの話ですか?」
*
勢いで部屋を飛び出したルーテは、広大な屋敷の中で迷子になったが、偶然通りかかった使用人に助けてもらうことができた。
「こちらで少々お待ちください」
「はい!」
豪華なソファーやテーブルが備え付けられた応接間へと連れて来られ、座って待たされるルーテ。
程なくして、真っ赤なドレスに身を包んだ長髪の美女が姿を表す。
「おお、意識を取り戻したみたいで何よりだよルーテ君! ……だが、良い子は寝る時間だ。今日はもう休みたまえ」
女性は優しく叱り付けるように言った。
「まだ休みません! 眠くないので!」
「そうか……それは仕方がないな」
「ところで、セレストさんのお父さんはどちらにいらっしゃいますか?」
「何を言っているのかな? ここに居るじゃないか」
「……………………?」
「――私がセレストの父、ブラッド・アッシュベリーだ。よろしく」
美女は女ではなく男であり、父だった。
「?」
状況を飲み込めずに疑問符を浮かべるルーテ。
「……キミの言いたいことは分かる。『なぜこんな格好をしているのか』だろう?」
「えっと……人にはそれぞれ色々な事情がありますよね!」
「気を使わなくていい。……何かと便利なんだよ。この格好をしているとなぜか娘から好かれるし、取引もスムーズに進むし、皆が優しくしてくれるんだ」
「なるほど……?」
「要するに、私には女装の才能があったらしい」
「……なるほど」
それから、セレストの父――ブラッドはおもむろに立ち上がり、ルーテの顔をまじまじと覗き込んだ。
「……あの、なんでしょうか?」
「見たところ、キミにも私と同じ素質がある。どうかね、一緒に女装を――「お断りします」
「……そうか。まあ無理強いはしないさ」
ブラッドは少しだけしょんぼりした様子で食い下がる。
(原作に登場しないキャラにしてはユニークすぎますね……むしろユニークすぎて没になってしまったのでしょうか?)
一方ルーテは、心の中でとても失礼なことを考えていた。
「――とにかく、娘を救ってくれたキミにはこの上なく感謝している。どんなお礼でもしてあげるから、望みを言うと良い。……キミもその為に私を呼んだのだろう?」
ソファーに座り直し、本題に入るブラッド。
「はい! 実は、二つほどお願いしたいことがございまして」
「たった二つかい?」
「……かなり欲張っていると思いますが」
「言っただろう? キミは娘を救い出してくれた恩人だ。望みがあるのならいくらでも叶えてあげるさ」
「…………いいえ、二つだけにしておきます」
ルーテは心の中で(こういう選択肢で欲張りすぎると、即死トラップが待ち構えていることがあるので!)と思っていた。
「そうか。……ならばキミの意志を尊重しよう。――望みを言いたまえ」
ブラッドに促され、人差し指をぴんと立てて話し始めるルーテ。
「はい! まず一つ目に、アッシュベリー商会で自由に取り引きさせてください!」
「ほう……。まさか、キミがそれを知っているとはね」
「そして二つ目に、アッシュベリー銀行も使わせてください!」
「ふむ……。要するに、冒険者と同じ補助を受けたいということだね?」
「はい! その通りです」
アッシュベリー商会とアッシュベリー銀行は、世界各地の冒険者ギルドに併設されている施設である。
魔物のドロップアイテムを地域の相場よりも割高で買い取ってくれる上に、ここでしか買えない便利なアイテムを日替わりで販売しているのがアッシュベリー商会。
預けたお金を各地のギルドでいつでも引き出せるようにしてくれるのがアッシュベリー銀行だ。
この二つは、ゲーム上でプレイヤーを手厚くサポートしてくれる都合の良い施設なのである。
――しかし、これらの施設を利用するためには冒険者として名簿に登録しなければならない。
冒険者になれるのは15歳以上と定められているので、今のルーテにはどちらの施設も利用することができないのだ。
「…………いやはや、まさかそんな要求をされるとは思っていなかったから驚いたよ」
ブラッドは、額に手を当てて考え込む。
「……やはり駄目ですか?」
「いいや。――――それならいっそ、特例で君を冒険者として認めて貰うのが一番手っ取り早いかな……」
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