第32話 ご褒美


 目を覚ますと、ルーテは見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。


(これは……『高級なベッド』と『安眠枕』……!)


 しかし、寝具系のアイテムがどちらも高価で希少な代物だったので、普通の部屋でないことだけは理解する。


(この眠り心地……圧倒的な格差を感じます……! 『軋むベッド』と『ボロボロの枕』とは大違いですね……誘惑にあらがえません!)


 流れるように二度寝しようとするルーテだったが、ベッドの脇にイリアが眠っているのを見て思いとどまった。


「……イリア。……そんなところで寝ると風邪を引いてしまいますよ? 風邪状態になると行動する度にHPが1ずつ減ってしまう上に、全能力にマイナスの補正がかかってしまいます。――ですから起きてください」


 イリアの体をゆすり、どうにか起きてもらおうとするルーテ。


「う……ん……? どうしたのルーテ……まだ眠いわ……?」

「起きてくださいイリア。……それか、どうせ眠るならこのベッドを使ってください。普段よりも魔力が大きく上昇するはずです!」

「うーん……」


 返事をしながら目を開いたイリアは、ルーテの顔を見て驚きの表情を浮かべる。


「ルーテ……! 気が付いたのね!」


 そして、目を潤ませながら言った。


「はい。…………僕はそんなに長い間眠っていたんですか?」

「……いいえ。ここに運び込まれてからそれほど時間は経っていないわ。……安静にしていればすぐに目を覚ますって、お医者の人が言っていたから……私も安心して眠ってしまったみたい」

「なるほど、イリアには迷惑をかけてしまいましたね」


 その言葉に対し、イリアは首を振る。


「ルーテが無事なら……それでいいの」

「僕のことは心配しないでください。――そうだ、良いことを思いつきました! これからは更に耐久力を上げつつ、痛みに対する耐性を付けるため、毎日頭を石にぶつけて鍛えることにします!」

「絶対にやめて」


 イリアは食い気味に言い放った。


「え……」

「やめなさい」

「……じょ、冗談です」


 八割くらい本気だったが、イリアを怒らせないように慌てて訂正するルーテ。


「あの、そういえばミネルヴァは……?」


 それから、とっさに話題を変えて無かったことにした。


「あの子は……恩人であるという立場を利用してご馳走を食べさせてもらっているわ……」

「…………どういうことですか?」

「ええと……順番に説明するわね。ここは、あなたが助けた女の子……セレストのお家なの」


 ――イリアの話によると、セレストの父親は大富豪で、それに目を付けた例の三人組が身代金目的で彼女を誘拐したそうだ。


 そして、セレストの引き渡し場所として指定されていたのがゴーレム狩りをした廃坑の奥であり、ルーテ達は衛兵が到着するより先に盗賊達を蹴散らしてしまったらしい。


「だからその……セレストのお父さんは私達にすごく感謝していたわ。……ルーテが目覚めたらぜひお礼がしたいって」

「そうですか。僕としては――」


 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ルーテさまっ!」


 中へ入って来たのは、寝巻き姿のセレストだ。

 

「良かった……目を覚ましたのね! ルーテさまぁっ!」


 両手を広げてルーテのベッドに飛び込もうとするセレストだったが、その前にイリアが立ち塞がる。


「……待ちなさい」

「な、何よ……!」


 思わず後ずさるセレスト。


「ルーテ――いいえ、は頭に怪我をしているから、安静に過ごす必要があるの。おかしな真似をしないで」

「……ふん! ルーテさまのことをそんな風に呼ぶなんて……親しさアピールのつもり?」

「私にとってるーちゃんは大切な家族よ。どんな呼び方をしたって良いでしょう?」

「…………。そうね! あんたの言う通りだわ!」


 睨み合いながらも納得するセレスト。


「あの、僕としてはどちらの呼び方も抵抗があるので、普通にルーテと呼んで欲しいのですが……」


 ルーテの声は、二人に届いていなかった。


「…………こほん。と、とにかく、安静にする必要があるなら、私も手短に済ませるとしましょう。おかしなことはしないわ」

「分かってくれれば良いの」


 そう言って引き下がるイリア。


「……あなたにも感謝しているのよ? ありがとう、イリア」

「…………わ、私は別に……」


 セレストはイリアの肩に手を置いて軽く微笑んだ後、ルーテの前に歩み出て跪いた。


「助けてくれてありがとう、ルーテさま」


 一呼吸置いて、さらに続ける。


「……ちゃんとお礼がしたかったの。――パパにはもう寝ろって言われたけど、抜け出して来ちゃった」

「ええと……わざわざありがとうございます」

「……じゃあ、ご褒美あげるから顔を少し近づけて?」

「………………はい? こうですか?」

「そしたら横を向いて」

「あの、僕の顔に何か――」

「ちゅ」


 刹那、セレストはルーテの頬に口づけした。


「きゃあああっ?!」


 その瞬間、イリアは悲鳴を上げて両手で顔を覆う。


「おやすみ、ルーテさま。――また明日ねっ!」


 セレストは最後にそう言い残し、逃げるように部屋を出て行くのだった。


「……あ! あぁ……!」

「……落ち着いてくださいイリア」

「で、ででででもっ!」

「セレストさんはああいう人なのでしょう」

 

 イリアのことを宥めつつ、開けっ放しの扉へ目をやるルーテ。


「満足なのです……! ところで、悲鳴が聞こえたですが……何事ですかイリア?」


 するとそこには、ご馳走を振る舞われてお腹いっぱいで戻って来たミネルヴァが立っていた。


「……あ、おはようですママ!」

「おはようございますミネルヴァ」


 ルーテは挨拶を返した後、続ける。


「――二人とも聞いてください……。僕、思い出したことがあるんです」

「い、いいいっ、今のき、キッスでっ?!」

「違います」

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