第46話 先手必勝


「すまんの、花丸ちゃんや。戻るのが遅くなってしまったわい」

「私の方も戻りました。二度とその名前で呼ばないでください」

「――――へ?」


 レオ・オクルスが消失してから程なくして、老人は地割れの調査から帰還した。


 話によると、そこから湧き出した魔物の対処に少し手こずってしまったらしい。


「怪しい人影があったんじゃが……魔物の討伐を優先したので取り逃がしてしまったわい。――面妖な黒い衣服に身を包んだ、赤い瞳の男じゃ。もし見かけても近寄ったらいかんぞ」

「は、はい! 気を付けます」

「………………?」

「ええと……私の方は、ルーテ達の協力で服が脱げたこと以外、特になにもありませんでした!」


 そう言って誤魔化す明丸。


 老人が話しているのは明らかにレオ・オクルスのことだったが、木刀を勝手に使ってタコ殴りにした後ろめたさがあったので、黙っておくことにしたのである。


「明丸……何かすごいこっちのこと睨んできてない……?」

「たぶん、あんかけレタスの奴について話すなってことだと思うぜ」

「あんこレタスだろ?」

「そうそれ。じーさん、魔物相手でも弱いものいじめとかしたら怒りそうだもんな。……特に、喜んで蹴りまくってたお前とかやばそう」

「よし! 絶対に黙っておこう!」


 ゾラとマルスも、彼の意図をくみ取った。


 三人はルーテにそそのかされ、順調に悪ガキの道を進みつつある。


「ところでじーさん。魔物が出てくる地割れって……大丈夫なのかよ?」


 それから、マルスは少し遠くに居る老人に大きめの声で問いかけた。


「安心せい。地割れは寺の僧どもが清めたから問題ないぞい。魔物もこれで鎮まるはずじゃ」


 どうやら規模としては小さく、大事には至らなかったそうだ。


 おそらく、今回のような「前兆」が世界各地で起こり始めるだろう。


 明丸は、老人にルーテが見た「未来」についての事だけ話し、警戒が必要であると伝えた。


「なるほどのう。あやつにそんな神通力が……。他とは違うと思っておったが……驚きじゃわい」

「うぅっ……ひっぐ……ぐす……ひっひっひっ……!」

「ところで……どうしてあやつは泣いておるのじゃ?」


 首を傾げる老人。


「…………さあ?」


 言い訳が思いつかなかった明丸は、しらを切ることにした。


「……さてと、俺たちは帰った方が良さそうだな」

「そうだね。――ほら、帰るよルーテ。立てる?」

「ぐすっ……だいじょうぶでず……っ」


 ――その後、マルスとゾラは、絶望に打ちひしがるのルーテを連れて夜の孤児院へ帰還するのだった。


 *


 翌日のルーテは、魂が抜けたように意気消沈していた。


 朝食を食べ終わった後も食堂に残り、虚な表情で窓の外を眺めている。


「る、るーちゃん……大丈夫……?」


 そんな彼に事情を知らないイリアが近づき、心配そうに問いかけた。


「……え? はい……僕は……大丈夫です」


 一方、ルーテはそう返事をして無理やり笑顔をつくる。


「…………っ!」


 あまりにも痛々しいその姿に、イリアは思わず唇を噛み締めた。


「……何があったのかは聞かないわ。辛かったらいつでも私を頼って……っ!」

「ありがとうございます、イリア」

「うぅ……るーちゃんっ!」

「わ」


 耐えきれなくなり、とうとうルーテの事を抱きしめるイリア。


「辛かったら泣いていいの……っ! あなたは……そういうの我慢しちゃう子だと思うから……っ!」

「大丈夫です。……もう、沢山泣きましたから……」

「………………っ! るーちゃあああああんっ!」


 経験値を逃しただけで彼がこんな事になっているとは、微塵も思っていなかった。


「まったく……イリアが泣いてどうするのですか? ……でも、ありがとうございます。お陰で少し立ち直れました」

「ぐすっ……無理しないでね……っ!」

「分かっています。……けど、早くしないと」

「え……?」


 *

 

 そして、更に翌日。


「…………!」


 早朝、ルーテは突如として起き上がった。


 そして、ふらふらとした足取りで部屋を抜け出し、孤児院の外へ出る。


 その日は雨が降っていた。


「……今日も……いいグラフィックです」


 外の様子を眺めて、ルーテは感情を失った瞳で呟く。


「早く……早く経験値にしないと……!」


 ――彼はある狂気的な考えに取り憑かれていた。


(他の紅蝠血ヴェスペルティリオも、もたもたしていると消えてしまうかもしれません……急いで仕留めないと……! 早く早く早く……!)


 倒そうとした敵がいきなり消失するという体験は、彼にとってそれだけ衝撃的な出来事だったのである。


(まずは……ピリエラウアです。おそらく……レオ・オクルスの後釜として序列八位に任命されるのでしょう。……つまり、紅蝠血ヴェスペルティリオの中では一番新入りで倒しやすい……! だから、先手を打って経験値にします……!)


 ピリエラウアは、原作だとエリュシオンに存在する「アンタレス崇拝教団本部」で交戦することになる。


 そこに手がかりがあると考えたルーテは、アレスノヴァを起動し、砂漠の国『エリュシオン』へ単独でワープするのだった。

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