第45話 かわいそうなルーテ


「よっと!」

「おお、上手いぞゾラ。そなたの足さばきは中々のものだ」

「俺も負けてられないぜ!」


 レオ・オクルスの尋問に飽きたルーテ以外の三人は、明丸が持ってきた蹴鞠で遊び始めていた。


「とうっ!」

「わはははは」

「あはははは」


 先程までの緊張感はどこにも残っておらず、ゆったりとした平和な雰囲気である。


 一方、ルーテは変わらず尋問を続けていた。首元に刃を突き付け、レオ・オクルスを恫喝する。


「いい加減、偽物だと認めてください!」

「だから、何言ってやがるんだ? てめぇ馬鹿だろ?」


 うるさい方の頭が、困惑した様子でルーテの方を見て言った。


「……違うんですか?」


 何度も否定されたので、不安になり始めるルーテ。


「あたりめぇだ! ふざけたこと抜かすんじゃねぇ!」

「うーん……? これはつまり……どういう事なのでしょうか……?」


 第八オクタヴス紅蝠血ヴェスペルティリオは間違いなくピリエラウアである。


 現状と記憶していることの食い違いに頭を悩ませるルーテ。


(……おそらく……序列八位は、ゲーム本編開始前に入れ替わっていた……ということなのでしょう)


 考えた末に、そんな結論を出して自分を納得させる。


「……分かりました。じゃあ、今ここで始末して経験値にしても問題ありませんね! 入れ替わるだけなので!」


 そして、目を輝かせながらそう言うのだった。


「えっ?」「えっ?」

 

 自称、「魔物と人間を超越した至高の存在」であるアンタレス紅蝠血ヴェスペルティリオの面々は、どのような姿をしていても人型と判定されない。よって、とどめを刺してもカルマ値に変動はないのである。


「ちゃんと仕留めて経験値大量ゲットです!」

「ま、待ちなさいっ! 情報を話した我々を殺そうというのですか?」

「はい! 生きて帰す約束はしていませんので!」

「き、汚ねえぞてめぇッ!」


 生命の危機を感じ、必死に暴れる二人。


 ルーテは、そんな彼らの上に馬乗りになる。


 ――そして、硬く握りしめた拳を振り上げた。


「とーっ!」

「ぐはっ!」


 ……レジェンド・オブ・アレスでは、弱い武器で倒した時ほど獲得経験値が増加する。


 素手で倒した場合は、通常の二倍程度の経験値量だ。


 その為、無力化した敵を素手で殴り殺すという、人の心が無いレベリング方法が成立してしまう。


「いーえっくすぴー!」

「ごふっ!」

「いーえっくすぴー!」

「がふっ!」

「いーえっくすぴーは、経験値のことなんですよー♪」

「う、うたうのをやめなさっ、うぐぅっ!」


 気分良く歌いながら、レオ・オクルスの撲殺を試みるルーテ


 だがその時、異変が起きる。


「ぐ、ぐああああああああッ!」

「うぐうううううううううッ!」

「…………え?」


 何もしていないのにも関わらず、二頭が苦しみ始めたのである。


「ど、どうしたのですか?!」


 予想外の事態に、慌てふためくルーテ。


 よく見ると、レオ・オクルスの体が段々と朽ち始めていた。


「こ、これは……まさか……ッ! そんな……ッ!」「あ、あいつ……裏切ったのか……ッ! クソッタレええええッ!」


「こ、高潔な癒しの女神よ、傷つき倒れたこの者にどうかひとときの安らぎをお与えください。――アモルっ!」


 経験値になる前に死なれては困るので、とっさに奇跡を発動させるルーテ。


「てめぇ……どういうつもりだァ……?」

「わ、我々を……助けようとしてくれるのですか……?」

「こんな消え方は許しませんっ! ちゃ、ちゃんと経験値になってくださいっ!」


 レオ・オクルスは、必死で治療を施すルーテに、「アンタレスを救う者」とされる神の姿を重ねる。


「けっ……まさか……こんな奴が……」

「なるほど……我々が求めていた神は……ここにいらしたのですね……!」


 勝手に善い方へ誤解し、満足げに微笑む二つ頭の怪物。


「うわあああああああっ! まってっ、待ってください! せめて僕に倒させてくださいっ!」

「ああ、よかった……神は……消えてなどいない……」「アンタレスに……栄光あれ……」


 そう言い残して、彼らは完全に塵となるのだった。


「あああああああっ!」


 大量の経験値をみすみす逃し、絶叫するルーテ。


「良いですかルーテ。欲をかけば、かえって全てを失ってしまうのです」というシスターの教えが、頭の中でこだまする。


「お、おいルーテ。何かあったのか?!」

「もしかしてあいつら……自分から死んじゃったの……?」


 その時、騒ぎを聞きつけた明丸達が駆け寄って来た。


「僕の……僕の大切な……経験値が……! ぐすっ、うぅぅ、おーいおいおいおいっ!」


 ルーテはその場で膝をつき、慟哭する。


「魔物の為に泣いてあげるなんて……ルーテは時々何考えてるのかわかんないけど、やっぱり優しいんだね……!」

「……なるほど、師匠の言っていた剣術の真髄とは、こういうことなのやもしれぬ……!」


 その姿に心を打たれ、駆け寄って慰めるゾラと明丸。


「…………いや、ちょっと違う気がするんだよな」


 泣きじゃくるルーテを見て違和感を覚えたのは、マルスだけだった。

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