正史2 二人はいつも一緒


「や、やめてくれぇッ!」


 男の悲鳴の後で、銃声が鳴り響く。


「この船は今から俺たちのモンだ!」


 しわがれた声がそう告げると、大勢の人間が歓声を上げた。


 タルシスからエリュシオンへと向かう航路であるセイレーン海には、海賊が出没する。


 この貨物船は、彼らに奪われてしまったのだ。


「積荷を確認しろ! 金になりそうなモンだけ俺達の船に積み込め!」


 誰かが指示を出し、貨物室に海賊達がなだれ込む


 ――船員たちは、彼らによって皆殺しにされてしまった。


 生き残っているのは、木箱の中に隠れていた密航者の二人だけである。


「……ねえねえ。たいへんだよノア」


 白いローブを身にまとった、幼い少女が囁いた。


 少女は、赤と青の美しい瞳を持っている。


「……うん。たいへんだね、レア」


 それに対し、黒いローブを身につけた少年が答えた。


 少年の姿は、少女と瓜二つである。


「見つかったら……されちゃうよ、ノア」

「見つかったら……されちゃうね、レア」


 二人は、占領された貨物室の小さな木箱の中で、互いに顔を見合わせた。


 ノアとレアは、いつも仲良しな双子である。


 から逃れるため、貨物に紛れてこの船へ忍び込んだのだ。


「どうしよう」


 二人は同時に呟く。


 その時突然、荒波によって船が大きく揺れた。


「わっ!」


 ノアとレアは箱の中で転がり、あちこちをぶつけながら最終的に重なり合う。


「れ、レア……おもい……」

「の、ノア……ひどい……」


 文句を言い合う二人。


 しかし、木箱は二人が体を曲げてぎりぎり入れる程度の大きさしかないので、体勢を変えることは出来なかった。


「ん? あの箱……なんか動いてないか?」


 すると、海賊の一人が異変に気付く。


「ん………………っ!」

「む………………っ!」


 ノアとレアは慌ててお互いの口を塞ぎ合い、声を出さないようにした。


「……誰か入ってんのか?」

「様子を見てくる」

「女だったら宴だぜ!」

「居るわけねーだろバカ」


 一人が、ゆっくりと木箱へ近づいて来る。

 

 その足音を、二人はじっと黙って聴いていた。


「どれどれ――」


 男が木箱をこじ開けようとした瞬間。


「うふふふふっ!」


 レアはその場から勢い良く飛び出し、懐に所持していた果物ナイフで男の目を切り裂いた。


「がああああああああああああああッ!」


 両目を潰され、絶叫しながらその場で転がる男。


「な、何だコイツ?!」

「魔物……いやガキかっ!」


 悲鳴を聞いた他の海賊達が、咄嗟に剣を構える。


 続いてノアが箱から飛び出し、倒れている男が腰から提げていた鉄砲を取り上げた。


 そして、武器を構えている海賊達の列に向かって発砲する。


 爆音と共に放たれた弾丸は、列の中央に居た男の頭を貫通し、一撃で絶命させた。


「あははははっ!」


 持っていた鉄砲を地面へ投げ捨てるノア。


「クソッタレ! 銃だ! 撃っちまえ!」


 海賊達は躊躇を捨てて鉄砲を引き抜き、一斉にノアの方へ向ける。


「――こっちだよ、ノア」


 するとその時、両目を潰した海賊を仕留め終えたレアが、ノアの腕を掴んで言った。


 二人は手を繋いで銃弾を掻い潜り、積荷の陰へと身を隠す。


 そして、付近の積荷を漁り始めた。


「見てノア。素敵なおもちゃが沢山あるよ」

「どれで遊んであげようか? あんまり長いこと苦しいのはかわいそうだよね」

「大きくて強そうなのを使おうよ」


 レアはそう言いながら大きめの斧を手に取り、ノアは金棒を両手で持ち上げる。


「行きましょ」

「挟み撃ちにしよう」


 それから、ノアは海賊達の正面に飛び出し、レアはその間に積荷を回って背後へと移動する。


「いたぞ! ガキだッ!」

「ま、待てっ! 後ろにもいやがるっ!」

「も、もう銃は使えないぞっ!」

「テメェらあんなガキどもにびびってるんじゃねェッ!」


 ――それから程なくして、辺り一帯には夥しい量の血が流れ、死体の山が積み上がるのだった。


 *


「だいじょうぶ? レア」

「だいじょうぶだよ、ノア」


 一通り海賊を始末し終えた二人は、血溜まりの中心へお互いに駆け寄って、無事を確認する。


「うぅ……あぁ……ッ!」


 二人の足元でうめいていた男は、ノアに頭を潰され、レアに胴体を割られて絶命する。


 血しぶきが飛び散り、二人の体は更に血で汚れた。


「……………………」

「……………………」


 それから、二人は何も言わずに互いの顔を見つめ、頬に付いた血を舐めとり合う。


「……んっ、ん……」

「んん……んっ……」


 それから、血塗れの舌同士を絡めて口づけした。


「ありがとう、ノア」

「どういたしまして、レア」


 二人はそれがさも当然のことであるかのように微笑み、扉の方へ向き直る。


「……まだ来てるよ」

「……また来てるね」


 それから二人は、貨物室へ向かって走って来る複数人の足音に耳を傾けた。


「右から十六人」

「左から二十人」

「……思ったよりいっぱいだよ」

「……思ったよりたくさんだね」


 レアとノアは互いに手を取り合い、同時にこう続けた。


「――それじゃあ、本気で遊んであげようか」


 すると、突如として二人の身体が溶けて混ざり合い、灰色に変色していく。


 そうして再び人の形をとり始め、最終的に顔の部分に穴が開いた巨大な四つ腕の怪物へと変化した。


魂魄抱合ソニ・ゴルドナ


 怪物は形容し難い声で嗤うと、昆虫のような羽を広げて部屋の扉を突き破り、海賊たちの前へ姿を表す。


「な、なんだコイツ!」

「うわああああッ! 化け――がああああああああああッ!」


 そして、四本の腕で次々と海賊達を捕まえて、骨を砕きながら締め殺していくのだった。


 第八オクタヴス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“親愛”のピリエラウアは、周囲の人間を皆殺しにするまで止まらない。

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