第71話 “虚言”のファン


「ど、どうするノア……?」


 何だかんだ言いつつ、ファンの言葉を信じてあたふたするレア。


「簡単だよ、レア」


 一方、ヤル気になったノアは極めて落ち着き払っていた。


「――本気を出す前にやっつけちゃえば良い」

「……その手があった! ノア頭いいね!」

「せんてひっしょー」


 次の瞬間、持っていた巨大なハンマーを構え直し、ファンへ突撃していくノア。


「す、少しは悩みなさい! ――ノア、優しいあなたに育ての親である私を二度も殺すことがですか?」

「もういいんだ。レアがぼくといっしょに居たいって言ってくれたから。……ぼくはどんな手を使ってでも生き残る」


 ノアは、ファンの横腹を狙ってハンマーを薙ぎ払う。


「くッ!」


 咄嗟に右腕を犠牲にしてそれを防ぐファン。皮膚が焼けつき、酷い火傷を負う。


「がああああっ!」

「ノア……! やっと分かってくれたんだね……!」


 すると今度はレアが前へ飛び出して来て、嬉しそうに笑いながらハンマーを振り下ろしてきた。


 ファンは後ろへ飛び退いてそれをかわそうとするが、回避が間に合わずに右足を巻き込まれる。


 ハンマーの冷気によって足の皮膚が凍り付いていき、酷い凍傷を負ってしまった。

 

「うぐうぅッ!」


 傷は即座に治癒していくが、攻撃を受ける度に少しずつ体力を消耗している様子のファン。


 彼は、双子が自分と互角どころか、遥かに上を行っていることを理解しつつあった。


「手こずっておるようだな。わらわの部屋がめちゃくちゃじゃ」


 不機嫌そうに呟くオトヒメ。


 しかし、この状況においてもまだ簾の中から出て来ようとしない。


「この程度……苦戦のうちにも入りませんよ……!」

「筋金入りの虚言癖じゃな。素直に助けを求めれば手くらいは貸してやるぞ?」

「……言ったでしょう? 私が本気を出せば……あの子達くらいどうとでもなりますよ……! ククク……ッ!」


 追い詰められ、絶望的な力の差を見せつけられても尚、彼は虚言を弄する。


「……哀れな男じゃ」


 決して余裕を崩さない。


 それこそが、人間と魔物を超越した至高の存在を自称する秘密結社アンタレスの特務機関、紅蝠血ヴェスペルティリオ第七位セプティムム、“虚言”のファンとしての誇りであり矜持であり美学なのである。


「――まだやる気なんだ。戦ってて分かったけど……やっぱり弱いよ。神父さまの嘘つき」

「嘘つきはいけないんだよ神父さま! そんなんじゃ、本気出しても絶対にわたし達のこと殺せないもん!」


 巨大な金槌を振り回してあれほど激しく動き回っておきながら、息ひとつ乱していない様子の双子。


 ファンには、今の彼らの姿が恐ろしい魔王にしか見えなかった。


 しかし、それでも余裕は崩さない。


「ふふふ……」

「ど、どうして笑ってるの……?」「な、なんか怖いよ……」


 その気迫に押され、ノアとレアは思わず後ずさる。


「……それなりに強くなりましたね、二人とも。あなた達はもう、私が居なくとも支え合って生きていける。――少し安心しました」


 ファンは、神父さまの時の優しい声で双子に語りかけた。


 いよいよ本気を出し、最終奥義『情に訴えかける』を発動したのである。


「な、なんのつもり……?」「うそつき……わたしたちのこと……何とも思ってなかったくせに……!」


 ノアとレアは、持っていた武器を手離してその場に立ち尽くす。


 偽りであったとしても、物心ついた時から優しくしてくれた育ての親の言葉は響くようだ。


「さあ、どうぞ私を殺してください。……命令されていたとはいえ、あなた達に酷いことをしてしまって申し訳ありませんでした」

「やめろ……うそをつくな……っ!」

「今さらそんなこと言わないでよ……!」


 耳を塞いでしゃがみ込む二人。その隙にファンは立ち上がり、静かに距離を詰めていく。


「やっぱり、あなた達は優しいですね。私と、ノアと、レアと、三人で過ごした日々の事が今でも鮮明に蘇ってきます。――色々と不便もありましたが、毎日とても幸せだった」


 二人の元まで近づき、両手でそっと抱き締めるファン。


「や、やめて……もうやめてよ……神父さまぁ……っ!」


 我慢の限界を迎えたノアは、大粒の涙を流しながら言った。


「神父さま……もう酷いことしない……? 優しい神父さまに戻ってくれるの……っ?」


 レアも同様に、ファンの胸元へ顔を埋めて泣きじゃくっている。


「ええ、勿論です。……ノア、レア、大好きですよ。――こうしていると、とても興奮します……!」

「は?」「え?」

「あ」


 勝ちを確信して上機嫌になり、ついうっかり本心を言ってしまったファン。


 彼はこの後、双子によって完膚なきまでに叩きのめされ、お空の星けいけんちとなったのだった。

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