第70話 教育済みの双子


 ルーテとシースルーが交戦し始めてから少し経った頃。


 再び激しい爆発音が鳴り響き、屋敷全体が揺れる。


「さっきよりも近いぞ。一体どうなっておるのじゃ……!」


 明らかに何かが接近して来ているので、狼狽えている様子のオトヒメ。


「どういうことですか? まさか、あの漫才師どもは侵入者の始末すら出来ないのでしょうか?」

「黙れ。――そんなはずは無い。これは何かの間違いじゃ!」


 オトヒメは、声を荒げてファンのことを怒鳴りつけた。


「やっぱり、ルーテお兄ちゃん達が助けに来てくれたんだ……!」


 一方、部屋の隅で怯えながらも一連のやり取りを聞いていたレアは、ぽつりとそう呟く。


「ルーテ? それは一体誰のことですか?」

「………………ふん!」


 しかしファンの問いかけに対しては、そっぽを向いて答えなかった。


「もう一回死んじゃえっ!」

「随分と口が悪くなってしまいましたね……。久しぶりにお仕置きが必要でしょうか?」


 薄気味悪い笑みを浮かべながら、再びゆっくりと双子の方へ近づいていくファン。


「ノアっ! あれやるよっ!」


 するとその時、突然レアが叫んだ。


「え、ええっ?!」

「はやく!」


 明らかに困惑しているノアに抱きつき、力を込めてその身体を持ち上げるレア。


「おや、私に何かしてくれるのですか? 楽しみですねぇ」


 ファンは余裕の表情で彼女達のしようとしていることを観察する。


「ま、まって! 心の準備が――」


 刹那、レアはノアを抱き抱えたまま高速で回転し始めた。


「双子あたーっく!」

「うわああああああッ!」


 そして、遠心力を利用してファンの方へノアを投げつける。


「――――は?」

「ふ、双子あたーっく!」


 派手に吹き飛んだノアは、涙目になりながらも空中で体勢を整え、半ばやけくそ気味にファンの腹部を蹴りつけた。


「ぐはぁッ!」


 激しい一撃を食らい、その場へうずくまるファン。


 ノアはその隙に、定位置であるレアの隣へ小走りで戻った。


 今のが、ルーテによって仕込まれた彼らの通常攻撃である。


「い、いきなりやるなんて酷いよレア……!」

「つぎ! ツインハンマーサイクロン!」

「えっ?! あ、う、うん……」


 有無を言わせず次の指示をされ、仕方なくレアと背中合わせになるノア。


 次の瞬間、二人は片手を前方へ突き出し、呪文の詠唱を始める。


「溶岩よ象れ、マレウス」

「氷岩よ象れ、マレウス」


 すると、ノアの前には熱気を発する巨大な黒い金槌が、レアの前には冷気を発する巨大な白い金槌が、突如として出現した。


「くっ……今度は何を……っ!」

「ツインハンマーサイクロン!」

 

 両手で金槌を持ち上げた二人は、間髪入れずに背中合わせのまま回転し、金槌を振り回し始める。


 周囲に風が発生し、竜巻となってファンへ急接近していく二人。


「ま、待ちなさ――グハっ、ゴフっ、おごぉっ!」


 ノアとレアの振り回す金槌が多段ヒットしたファンは、ボロ雑巾のようになって床へ転がった。


 ――しかし、彼は人類を超えた存在にして紅蝠血ヴェスペルティリオの一員。この程度の攻撃で死ぬことはない。


「クックック……予想外ですよ。人の身のまま、そこまで強くなっていたとはね。……やはり君達は私の――「ツインハンマーサンドイッチ!」「ごふッ!」「ツインハンマーメテオ!」「がはぁッ!」「ツインハンマーギロチン!」「ま、待ちなさ、ぐああああああああああッ!」


 休みなく攻撃され、手足をもがれた虫のような状態で再び床へ転がるファン。


「ま、またやっちゃった……! し、死んでないよね……っ?!」

「息してるから大丈夫みたい!」


 そんな双子の会話を他所に、ファンはぐしゃぐしゃになった眼鏡をかけ直して立ち上がる。


「あ、あなた達……私が話している間は攻撃をやめなさい……お行儀が悪いですよ……!」

「だ、だって『双子キャラは手数で押し切るものです!』って、ルーテお兄ちゃんが言ってたんだもん……! よく分からなかったけど、いっぱい攻撃した方がいいんだって!」


 言うまでもなく、二人は既にルーテによってであった。


 彼らに戦い方を教えたのも、魔法を教えたのも、数々のコンビネーション技を仕込んだのも、全てルーテである。


「そ、それに『ごちゃごちゃ言ってくる奴は無視して叩き潰せ。先手必勝』って……明丸お兄さんも言ってたし……」


 ついでに、明丸も一枚噛んでいる。


「とにかく、お願いだからもうぼく達に関わらないで……」


 ノアは、悲しそうな顔をしながらファンに言い放った。事実上の絶縁宣言である。


「……お主、徹底的に嫌われておるな」


 一部始終を簾越しに眺めていたオトヒメは、ため息混じりに言った。


「以前は……私のことを親のように慕ってくれていたのに……悲しい限りです」

「良い気味じゃ」

「……貴女は一体どちらの味方なのですか?」

「少なくとも、この非常時に顔見知りの子どもと遊び呆けておるような奴の味方はしたくないのう」

「……分かっていますよ。久しぶりの再会で、少しはしゃぎ過ぎてしまっただけです」


 ファンはそう言いつつも、ひょっとしたら本気を出した自分よりあの双子の方が強いのではないだろうかと思い始めていた。


「ノア、レア」

「……まだぼく達に言いたい事があるの?」

「私が本気を出せば、あなた達など一瞬で死んでしまいます。……ですが、それだけはしたくありません」

「う、嘘つき! 騙されちゃだめだよノア!」

「――降参するなら今のうちですよ?」

「…………!」「…………!」


 第七セプティムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“虚言”のファン。一世一代の大ハッタリをかます。

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