第75話 魔物牧場のその後


 オトヒメ達が捕らえられてから、およそひと月後。


「ふぅ……今日もたくさん殴られました!」


 魔物サンドバッグ道場での日課を終えたルーテは、魔物牧場に居るノックス達の様子を見る為に、魔導研究所へやって来ていた。


「皆さん、元気にやっているでしょうか……?」


 そんなことを呟きながら、地下研究施設のエレベーターを起動して第一セクターへ降り、中へと足を踏み入れるルーテ。


「………………!」


 第一セクターの入り口付近には、ほとんど魔物が居なかった。


 どうやら、既に狩り尽くされているらしい。


「予想以上の成長です……! こんなに頑張ってレベルアップしていただなんて……感動しました……!」


 その様子をひと目見て、三人の努力を感じ取ったルーテは、歓喜に打ち震えた。


「ノックスさん達はどこに居るのでしょうか?」


 再会を心待ちにしながら、周囲を見まわすルーテ。


 刹那、全身返り血で真っ赤に染まったホワイトが音もなく天井から降ってきて、ルーテに襲いかかってくる。


「――――ッ!」

「あハハハハッ!」


 ホワイトは、両手に持っていた大鎌をルーテの首へ引っかけると、嬉しそうに笑いながら素早くそれを引いた。


「わっ!」


 ルーテは即座にしゃがむことでその攻撃をかわし、そこからホワイトに足払いをする。


「ああっと?!」

「……い、今のはびっくりしましたよ。まさか上から降ってくるだなんて……死んじゃうかと思いました!」


 ルーテは転んだホワイトに向かってそう言った後、叱るような口調でこう続けた。


「でもワンパターン過ぎます! いつも入口で待ち伏せして不意打ちしてくるので、今回もなんとなく予想出来てしまいました! これはプレイヤースキルの問題ですね!」

「キミは……ホンモノの天使?」

「いや……でもホワイトさんは敵キャラだから、思考しているのもAIなのでしょうか? だとすると、ワンパターンなのは決まった行動をしているだけ……? ――――なるほど、何故か今まで考えていませんでしたが、ここはゲームの世界なので僕以外全員AIという可能性もありますね……完全に盲点でした……!」

「ここにはねぇ、ニセモノの天使とホンモノの天使が居るんだぁ!」


 一人で勝手にぶつぶつと考え込むルーテと、よく分からない話を始めるホワイト。


 一切噛み合うことのない兄弟の会話が久しぶりに交わされる。


「ニセモノは血の色が薄汚い緑とか紫色なんだけど、ホンモノはとっても綺麗な赤なのさ! キミはどっちなのかなぁ?」

「……はい? えっと、僕の血は当然赤いですよ。人間なので」

「やったああああ! 本物の天使だああああああああ!」

「少し静かにして下さい」

「ごふぅっ!」


 ルーテは、大鎌を振り回して騒ぎ始めたホワイトのことを殴って気絶させた。


「……でも、トワイライトさんが襲って来ませんね。どこに居るのでしょうか?」


 周囲を見回しながら、疑問に思うルーテ。


「アタシ――おほん、ワタクシならここに居やがりますわよ」

「トワイライトさん! ……トワイライトさん?」

「ワタクシ、テメェにこのクソドブみたいな場所におぶち込まれあそばさられて、クソみたいな魔物どもを浄化していくうちに、すっかり心を入れ替えましたの!」


 そんなことを話しながら、ルーテの前へ姿を表すトワイライト。衣服はボロボロでほとんど無くなっており、シスターの姿をしていた頃の面影はない。


 だが、目だけは異様に輝いていた。


「つまり……改心したということですね! すごいですトワイライトさん!」

「黙れよクソガキがァ!」

「え……?」

「あ、あら嫌ですわ。つい悪しき心が表に……! ルーテ様を見ていると、どうしてもクソぶち殺したくなってしまいますの!」

「た、大変そうですけど、頑張って下さい! そこまで改心できたトワイライトさんだったら、悪しき心にも打ち勝てるはずです!」


 トワイライトは、狂気の果てに芽生えた善の心と、持ち前の悪しき心の間で揺れていた。


「だ、大丈夫でございますわ。こういう時は、このお人形を使うんですのよ」


 そう言って、両手で大事そうに抱えていた人形をルーテに見せるトワイライト。


「かわいいお人形さんですね。どことなく僕に似ているような気がします」

「当たりめぇだろ。コイツはテメェ――こほん、ルーテ様を模して作ったお人形なのですわ。魔物の生皮を剥いでつなぎ合わせて、ローパーの細い触手を引きちぎって髪の毛にして……とにかく、作るのにはとても苦労しましたわ」

「トワイライトさんは手先が器用なんですね!」

「ルーテ様に褒めていただけてクソ嬉しいですわ。ワタクシ、これがあるお陰で今も善い心を保っていられるんですの。大切な宝物なのですわ」

「へぇ。……一つ聞きたいんですが、お人形を『使う』とは一体――」


 次の瞬間、トワイライトは手に持っていた人形を地面へ落とした。


「え」


 そして、顔の辺りを足で勢いよく踏みつける。


「死ねぇッ! 死ねッ! 死ねッ! 魔物エサになって泣き叫びながら死にやがれえぇッ! このクソガキがよおおおおおおッ」


 トワイライトは、自分で作ったルーテ人形を何度も何度も踏みにじる。


 すると、人形の中からなぜか赤い液体が噴き出して来た。


 どうやら、内部までかなり作り込んであるらしい。


「ひ、ひどいです……! お、お人形さんに……何でこんなことをするんですか……っ!」


 トワイライトに駆け寄り、涙目で抗議するルーテ。


 レベルやステータスの上昇などに一切繋がらない、無意味な破壊行為は嫌いなのだ。


「け、蹴るなら僕を蹴って下さいっ! お人形さんがかわいそうですっ!」

「あァ? これはアタシのもんだぜ? テメェに指図される謂れはねぇなァッ!」

「うぅ…………!」

「オラァッ! 死ねッ! くたばれッ! 散々苦しみ抜いて死ねッ! その薄気味悪ィツラを二度とアタシの前に見せるんじゃねーーーーーーーーーッ!」


 こうして、ルーテ人形はズタズタに踏みにじられてしまうのだった。


「はーッ。クソスッキリしましたわ。――あばよクソガキ。魔物のエサにでもなりなァ!」


 トワイライトは、仕上げに人形を両手で引き裂き、満足した様子でルーテの方へ向き直る。


「ひ……」

「大丈夫、まだまだお人形は沢山作ってありますわ。このクソみてぇな悪しき心も、いずれは鎮まるでしょう」

「そ、そうなんですか。……でも、人ではなく物に当たるようになったのは……確かに成長したと言えるかもしれません! 頑張ってくださいトワイライトさん!」

「ほざいてろカスッ! 元はと言えばテメェが原因だろうがよォッ! このクソイカレお花畑がァッ!」

「えぇ……?」


 果たして、トワイライトは悪しき心に打ち勝つことができるのだろうか?

 

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