第76話 半獣人化薬


「……ところでルーテ様。今日は一体何をしにいらっしゃったのかしら?」


 ルーテを怒鳴りつけたトワイライトは、それから再び落ち着きを取り戻す。


「と、とりあえず、ノックスさんが来てから話します。しばらく待っていてください」

「ノックスの野郎ならそこに居やがりますわよ」


 そう言って、すぐ近くの地面を指差すトワイライト。


 ルーテがそちらの方へ目を向けると、何故か頭だけ出して地面に埋まっている屈強な男性の姿があった。


「……一体何をしているのですか?」

 

 そう問いかけられたノックスは、突然地面から腕を出す。


 そうして、たった今引きちぎった細いローパーの触手を、口に咥えた。


 そこへ火エレメントの残滓を使って着火し、ルーテのことを見上げる。


「……クールだろ?」

「コミカルだと思います」


 ルーテは即答した。


「そうか。だが他人の評価は関係ねぇ。オレはオレがこうしたいからやってるんだ。……ガキには分からねぇだろうがな」

「ノックスさん……? 反抗期ですか……?」


 彼のあまりの豹変ぶりに困惑するルーテ。


 ノックスは、一度精神が崩壊して退行した後、魔物牧場での日々を経て再び成長したのである。


「反抗期? ……違ぇな。気分はいつだってクールだぜ。人間の心ってヤツがいかに脆く崩れやすいものかを知れたんだ。くだらねぇ感情の動きになんか付き合ってられねぇよ」

「?」

「今はただ……毎日全てに感謝して生きてるってことさ」

「?」


 ルーテは首を傾げた。


「感謝するのは良いことです。――じゃあ、全員揃ったので話を始めますね!」


 そして、ノックスのことを理解するのは諦め、本題へとうつる。


「まずは一ヶ月間、お疲れ様でした! 久しぶりに、皆さんのことをお外へ出してあげるので、準備をしておいてください」

「まあ! 皆でピクニックをかますのですわね! 楽しみですわ!」

「ピクニックはかますものでは無いと思いますが……大体そんな感じです。みんなでパーティを組んで、『聖なる森』を攻略しましょう!」


 元気よくそう告げるルーテ。


「ピクニック……クソ楽しみですわね……。ワタクシ、昔からずっと盗まねぇと何も食えねぇ生活をしておりましたから……まさか、自分がそんなクソ貴族どものお遊びを体験できるだなんて思ってもみませんでしたわ……」


 トワイライトは目をキラキラと輝かせながら言った。


「おぉ、神よ。このクソみたいな世界に感謝しますわ……!」


(みんな順調に感謝の心が芽生えています。――どんな人にも、善い心は備わっている。やっぱり、先生の教えの通りですね……!)


 その姿を見て、ルーテも感動で目をキラキラと輝かせる。


 この空間にまともな人間は一人も居なかった。


「――そうだ! 実は、皆さんには特別なプレゼントも用意してあるのです!」

「あら、プレゼントってなんですの? ワタクシ、クッソ気になりますわ!」

「……形あるものはいつか壊れるぜ。大事なのは気持さ。ガキ、テメェのその気持ちだけでオレは十分に――」

「これです! はいどうぞ!」


 ルーテは、二人に謎の錠剤を三つ手渡す。


「これはオトヒメさん――上がモフモフで下がヌメヌメしている人の屋敷で見つけた、半獣人化薬の試作品です! ……悲しいことに、僕に使っても効果が無かったので、あとは皆さんにお譲りします!」

「はんじゅうじんかやく? なんですのそれは?」

「水に溶かして飲むと、いつでもモフモフに変身できるようになる、素敵なアイテムです!」

「まァ! モフモフになれるんですの?!」

「はい! おそらく、敵キャラ専用の強化アイテムなのでなれると思います! 僕も変身したかった……」


 半魚人化薬と対をなす、半獣人化薬。ルーテはこれを使用して、ノックス達の能力を更に底上げしてからダンジョン攻略に挑もうと目論んでいた。

 

 獣であるベヒーモスには半獣人を、魚であるリヴァイアサンには半魚人をぶつけようという考えである。


 ノアやレアを連れて行くことは予定になかったが、ヘスペリアに向かってオトヒメの持つドーピングアイテムを手に入れる事まで、全て計画のうちだったのだ。


 だが、シースルーやオトヒメを捕獲したのはただの思いつきである。


 彼らだけは、ルーテの気まぐれの犠牲となったのだ。


「水ならあるぜ……エレメントの残滓が、たっぷりとな」

「流石ですノックスさん!」

「クールだろ?」

「――それではまた明日! 目的地に着いたら、『友情の鈴』を使って皆さんのことを呼び寄せます! ですので、今日はお薬を飲んで早く寝てくださいね!」


 ルーテはそう言って、三人に手を振る。


「分かりましたわ! ……でも、今日はドキドキして眠れる気がこれっぽっちもしねェですわね……!」

「あと、ホワイトさんが起きたら同じことを説明してあげてください!」

「ワタクシに任せて下さいまし!」


 こうして、ルーテの準備は全て整ったのだった。

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