外伝7 ピクニック前夜、それぞれの思い
シースルーの面々が魔物サンドバッグ道場に閉じ込められ、ルーテの特訓の手伝いをさせられるようになってから、ひと月が経過した。
そして明日、彼らはいよいよダンジョン探索へ駆り出されることとなる。
「わらわたちは……一体何をさせられるのじゃろうな」
オトヒメは、ルーテが整備した寝室のベッドに横たわりながら呟いた。
ルーテの説明があまりにも適当だったので、理解できなかったのである。
彼女にとっては、ジェリーやスクイードの奇妙な話し方よりも、ルーテの話の方が理解不能だった。
「漆黒の――」
「おい」
「……すみません」
「今は普通に話して。……オトヒメ様しか聞いてない」
「……ああ、分かってる」
ジェリーに怒られ、しょんぼりしつつ頷くスクイード。
――二人が奇妙な話し方をするようになったのは、オトヒメが呪われてからだ。
人前に姿を出せなくなってしまったオトヒメを守る方法を必死で考えた結果、あえて道化を演じることで皆の注意を自分たちの方へ逸らせば良いという結論に達したのである。
その真実を知った時、オトヒメは(二人とも、わらわの考えていた以上に馬鹿なんじゃな……)と思い、その心遣いに涙を流した。
かくして、お笑いコンビ『シースルー』が誕生したのである。
閑話休題。
「安心して、オトヒメ様。あなたの事は連れて行かないでって……あの子に頼んだ」
ジェリーは、オトヒメの方へ向き直ってそう説明する。
「漆黒……ではなく、オトヒメ様は俺たちに任せておけば良い」
「すまない。……お主らには……苦労ばかりかけるな」
悲痛な面持ちで感謝の言葉を述べるオトヒメ。
「ジェリー……。心の方は大丈夫か? あれが本人の望みとは言え、子供好きのお主にあのような辛い役目を背負わせてしまって……」
「だいじょうぶ。最初は辛かったけど……あの子が……ルーテが嬉しそうにしてるから……ああしてあげるしかない……」
ジェリーはそう言いながら体を震わせ、両腕で自らを抱きしめる。
「スクイード。お主はどうだ? ここ最近、ずっと顔色が優れんようだが……」
「……あれは……哀れな幼子だ。漆黒の。――もう、どうにもならない」
「そうじゃな。おそらく、愛を知らずに……いや、殴られることこそが愛だと思い込んだまま育ってきてしまったのじゃろう。もはや、まともな人の子ではない……。お主まで精神を持っていかれないよう、あまり深入りしすぎないようにするのじゃぞ」
「……分かってる」
ルーテはその奇行のせいで、オトヒメ達からとんでもなく誤解されていた。
「ジェリー。お主もじゃ」
「…………はい」
「あれの話す言葉をまともに聞いてはならぬ」
「……うん」
俯いたまま返事をするジェリー。
(ルーテの首……しめたい……! もっと苦しんでるとこ見たい……! もっとかわいい声が聞きたい……! もっと殴ってあげたい……! もっといっぱい泣かせたい……はぁはぁはぁ……!)
表面上は平静を装っているが、彼女の方は既に色々と手遅れになっていた。
(ルーテ、小さい頃のオトヒメ様にちょっと似てる……! かわいい……! もっともっともっといじめてあげたい……! あの頃のオトヒメちゃんに出来なかったこと全部してあげたい……! あああああああっ!)
ジェリーは一人で妄想して興奮する。
命令されてルーテを痛めつけ続けた結果、完全に目覚めてしまったようだ。
「の、のう……本当に大丈夫なのか……? ジェリー……」
「だいじょうぶ!」
「そうか…………」
こうして、魔物サンドバッグ道場の夜はふけていくのだった。
「ぐごごごごご! おやつが……足りないぜ……」
――ちなみに、無関係なサメは既にその辺の床で寝ている。
*
一方、魔物牧場では。
「す、すっげぇ……野生の力がクソみなぎって来やがりますわ……!」
「あはははははッ! 何かよく分かんないけどすごいッ! これで天使をいっぱい殺せるよぉ!」
赤い眼の巨大な兎もどきが、縦横無尽に飛び跳ねながら鎌を振り回し、
「……モフモフじゃねぇな」
ワニが困惑していた。
「自分の姿がよく分からなねぇが、モフモフじゃねぇことだけは分かるぜ」
ワニはクールに自らの状態を分析する。
どうやら、魔物牧場は一夜にして動物園へと変貌してしまったらしい。
「や、やっべぇ……調子に乗って走り過ぎましたわ……ぜぇっ、ぜぇっ!」
「アハハハハハッ! アハハハハハハッ!」
「……それで、俺は人間に戻れるのか?」
ワニ――ノックスの問いかけが、第一セクターに虚しくこだました。
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