第6話 経験値がたくさん
「ひ……!」
盗賊見習いのゾラは、なぜか笑いながら近づいてくるルーテを見て思わず後ずさる。
そして、偶然見つけた弱そうな侵入者の前に飛び出したことを後悔した。
「スティーリア!」
「うわあああああああああああ?!」
ゾラはルーテの放った魔法を咄嗟の判断でかわし、短剣を投げ捨ててその場から逃げ出す。
「まってください、どうして逃げるんですかぁ?」
「お、お前がヤバい奴だからに決まってんだろっ!」
「逃げるならせめて武器じゃなくて指南書を落としていってください!」
「な、何言ってんのか分かんないよぉっ! 来るな来るな来るなぁっ!」
必死に叫びながら逃げるゾラ。その逃げ足はとても速かった。
(僕の素早さが低いのは今後の課題ですね……そろそろレベルアップ以外の成長要素にも気を配った方が良さそうです)
ルーテは遠ざかっていくゾラを見ながらそんなことを考える。
――この世界では、レベルアップ以外にも食事や睡眠などの様々な方法で能力値を上昇させられるのだ。
しかしその為には、食材や寝具の質にも拘らなくてはいけない。必然的に富豪や貴族が強くなる。
孤児院での暮らしは良くも悪くも質素なので、食事や睡眠での成長はあまり見込めなかった。
(生活のレベルがそのまま能力値に直結する……なんて世知辛いゲームシステムなんでしょう!)
そう思うルーテだったが、複雑なゲームシステムも好みなので普通に喜んでいた。
(成長要素が多いのは良いことです! ……おっといけない、自分の世界に入り込みすぎていました)
ふと我に帰ったルーテは、慌てて前方を走るゾラのことを捉え直す。
既にかなり距離を離されていた。
「……風よ舞え、アウラ」
仕方なく呪文を唱え直し、自身の周囲に風を発生させて少しだけ素早さを上昇させる。
これが、この超初級魔法の本来の用途だ。
魔法を発動させたルーテは少しだけ速くなり、ゾラと距離を縮めていく。
「やっと追いつきました!」
「ぎゃあああああああああっ!」
そして、加速しきったルーテが逃げるゾラの隣に並んだその時。
――ぼふっ。
「わっ」「きゃっ」
横路から突如現れた何かに二人揃って顔からぶつかり、跳ね返された。
「ゾラ……こんな時にどこ行ってやがった! もう一発蹴られねェと俺の命令に従うこともできねェのか?」
「ひぃっ!?」
二人の前に現れたのは大男だ。
大男は、倒れているゾラの髪を掴んで持ち上げる。
「それとも顔面を一発殴られとくかあァ?」
「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」
「謝りゃ良いってもんじゃねェんだよォッ!」
ゾラは大男に投げ捨てられて床に転がった。
その後、震えながらうずくまる。
「……………………」
「それで、テメェは何なんだ? ……まさか、どいつもこいつもこんな小せェクソガキ相手に侵入者だとか騒いでたワケじゃねェよなァ?」
大男はそう言ってルーテの胸ぐらを掴んだ。軽い体が浮かび上がって足がぶらぶらと揺れる。
「………………」
「何とか言ったらどうな――「シンティラ!」
刹那、ルーテが発動させた魔法によって大男の顔が爆発した。
「ぐああああああああ?!」
突然のことに対応しきれず、顔を抑えて悶え苦しむ大男。
「経験値だぁ!」
ルーテは、そんな彼に向かって満面の笑みを浮かべた。
突如としてルーテの前に現れたのは、このダンジョン内だと『盗賊見習い』に次ぐレアモンスター、『
(指南書を落とす盗賊見習いに続いて、序盤のモンスターの中だと特に経験値が多い大泥棒まで……!? 僕はなんて運が良いのでしょうか……!)
立て続けに狩るべきレアモンスターを発見したルーテ。その興奮は最大限にまで高まっていた。
(だめだ……興奮が抑えられません!)
今にも絶頂してしまいそうである。
「ど、どっちから倒しましょう! やっぱり悪そうな方からですよね!」
ルーテは床にうずくまる盗賊見習いと大泥棒を交互に見つめた後、大泥棒の方へ狙いを定めた。
「ま、待てっ! 何が目的だ? かっ、金か? 金ならいくらでもやる! だから――「経験値です!」
「は…………?」
「スティーリア!」
「う、うわああァァァァァッ!」
かくして大泥棒は氷漬けにされ、大量の経験値を獲得したルーテは一気にレベル15になったのだった。
(一気にレベルが上がるのは快感ですね! 病みつきになってしまいそうです……!)
興奮で顔を紅潮させながらそんなことを考えるルーテ。
「…………さてと」
一仕事終えた後は、ゾラの方へ向き直った。
「一つ聞いても良いでしょうか?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
一部始終を見ていたゾラに、逃げるだけの気力は残っていない。
「……ああ、安心してください。僕は友好的なモンスターと遭遇したら見逃すタイプです! あなたに戦う意志がないのであれば、経験値にはしません!」
「………………は?」
ルーテの言葉は、一切伝わらなかった。
「じゃあ聞きますね。あなたは【隠密】の指南書を持っていますか?」
「い、今は持ってない……」
「そんな」
ゾラにそう返答されたルーテは一転絶望し、膝から崩れ落ちる。
「でも……それがどこに置いてあるのかなら分かるよ……」
その言葉を聞いた瞬間、ルーテは急に元気になってゾラの両手を取った。
「本当ですか?!」
「う、うん……」
「それなら、ぜひともそこへ案内……して……」
そして、そこまで言いかけたところで魔力切れになって体の力が抜ける。
「お、おい、大丈夫か?!」
朦朧とする意識の中、ルーテの頭の中にゾラの声だけが響いてくるのだった。
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