第51話 人だった者


「な、なんだあれは……!」


 三人の前に姿を現したのは、魔物の群れだった。


「う、うあ、ああ」

「あ……あああ」

「ああああああああああ」


 それらはどれも人のような姿をしていて、醜く太った者や半身が腐りかけている者、不気味に痩せ細った者や複数人が混ざり合った肉塊のような者などがいる。


「ま、魔物群れ……? こんな所に……?」


 動揺しつつも、剣を構え直すバシリア。


「ゴブリンにトロールにアンデッド……どいつもこいつも醜いわね……不愉快……」

「そんなことを言ったら失礼ですよ! あの人達に謝ってください!」

「人……? どう見ても……魔物じゃない……」

「正確に言うと、元は人だった魔物です! だから人なんです!」

「…………どういう意味?」


 シャーディヤはまるで理解出来なかった。


「アンタレス崇拝教団の目的は……超越者である紅蝠血ヴェスペルティリオのような存在を意図的に生み出すことです。彼らはその過程で生み出された『失敗作』で――」

「……長い。もっと短くまとめて……」

「要するに、教団に攫われてしまった人は最終的に、儀式によってカルマを-500以下にされて魔物けいけんちになってしまうということです!」


 衝撃的な事実を告げるルーテ。


「…………ふーん。なんとなく分かったわ……かわいそうね」


 シャーディヤは、ゆっくりとこちらへ近づいて来る『人だった者達』の群れに、少しだけ憐れみを覚える。


「僕も、この設定を考えた人は趣味が悪いと思います! 魔物けいけんちを自らの手で生み出して閉じ込めておくだなんて……」


 刹那、ルーテの脳内に電流が走った。


(――その手がありました!)


 この時、彼は『魔物牧場』及び『魔物サンドバッグ道場』を閃くのだが、それらが実現するのはまだまだ先の話である。


「彼らが……攫われた人間? そ、それは本当なのか……?」


 ルーテが偉大な発明を閃く一方で、バシリアはひどく動揺していた。


「も、元に戻すことは出来ないのか?」

「…………残念ながら不可能です」

「……来るわよ。……細かいことは仕留めてから考えましょう……かわいそうな人達は私が楽にしてあげる…………いひひひひっ!」


 ルーテとシャーディヤは、魔法を詠唱しながら魔物達に突撃して行く。


「ど、どうして……君たちは平気で居られるんだ……!」


 その後ろ姿を見て、バシリアは思わず呟くのだった。


 *


「……アリ……ガ……トウ……」

「……気にしないで。…………仇は討っておくから安らかに眠りなさい」


 シャーディヤは、最後の一体にそう告げた後、魔法で岩の下敷きにしてとどめを刺した。


「……存外に気分が悪いわね」


 そして、眉をひそめながら言う。


「驚きました。シャーディヤさんにも、ちゃんと人の心があったのですね!」

「当たり前よ……。私は、悪人を嬲って道徳的にすっきりしたいだけ……外道とは違うわ……」

「でも最初に会った時、僕のことを身代わりにしようとしませんでしたか?」

「……あなたは……どう見ても悪人だから」

「そんな……!」


 自分はシスターの教えを守って正しく生きてきたと思っていたルーテは、心に深い傷を負った。


「言葉を……話した……。ま、魔物が……私に『ころして』って……うぐっ、おえぇっ!」


 しかし、バシリアの方が心の傷は深い。 


「だ、大丈夫ですか? しっかりしてください!」

「…………そうよ、その調子で教団の床を汚してやりなさい……掃除係を困らせるのよ……」


 そう言って、彼女の背中をさするルーテとシャーディヤ。


「君達は……何者なんだ。どうして平気でいられる……! 私は……こんな地獄みたいな場所に居たらおかしくなってしまいそうだ……!」


 バシリアは冷や汗を流しながら、身体を震わせる。


「……あなたの反応が普通よ。……私は……もうこの世界に、そこまでの現実感を持てないだけ……」

「ど、どういう事だい……?」

「……物語の中で人が死んだ所で、吐くほど落ち込んだりはしないでしょう……? ……そんな感じよ」


 ふと顔を上げ、ルーテの方を見るシャーディヤ。


「ひょっとすると……あなたも私と同じなんじゃない?」

「いいえ、違いますけど…………」


 問いかけに対して、ルーテは即答した。


「……………………」

「だって、僕はこのゲーム世界をとても楽しんでいますからね!」

「…………あっそ」


 シャーディヤは露骨に不機嫌そうな顔になり、腕を組む。


「――でも、シャーディヤさんが原作と比べて強すぎるとは僕も思っていました。要するに普通ではありません!」

「原作って何よ……」


 自信満々に述べた自分の考えをあっさりと否定されたシャーディヤは、完全にへそを曲げていた。


 ルーテはそんな彼女に構わずこう続ける。


「だから、僕からも聞かせて下さい。――シャーディヤさんは何者なのですか?」

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