第82話 屍の山、血の海


 ルーテは襲いくる魔物を全力で無視し、一人でベヒーモスとリヴァイアサンが待つボス部屋の前までやって来ていた。


「来たか。無知で愚鈍な下等生物よ。これは警告ではなく宣告だ。――その扉の先に一歩でも足を踏み入れれば、貴様は死よりも恐ろしい絶望と苦痛を味わい尽くしたのち、命の終わりを迎えることとなる」


 するとその時、扉の向こう側から重々しい声が響いてくる。


「もはや一切の慈悲も残っていません。これから結界を破り、劣等種族である貴方がたを我が子らに殲滅させます。今さら引き返したところで、この世界のどこにも逃げ場などありませんよ」


 どうやら、怒り狂ったベヒーモスとリヴァイアサンは人類を本気で滅ぼすつもりらしい。


 今引き返せば、この世界は二体の産み落とした魔物で溢れ、人々は死に絶えるだろう。


 ルーテは、眠っていた脅威を目覚めさせてしまったのである。


「やっぱり、ボス戦前はこれくらい演出して欲しいですよね……!」


 しかし、この星を未曾有の危機に追い込んだ当の本人は、ようやくボスらしいボスと戦えることに歓喜していた。


「ミネルヴァとオトヒメさんは反省してください!」


 それから、真面目にボスをやってくれなかった二人のことを思い出し、そう呟く。


「貴様が泣き叫びながら死を懇願する姿を見るのが今から楽しみだ……!」

「幾度となく警告を無視した報いを受けるのです」


 ルーテがまともに話を聞かず一人で盛り上がっているので、ベヒーモスとリヴァイアサンはさらに怒り狂った。


「そうです! その感じです! やっぱり、ボス戦前は程よい緊張感がなければいけませんよね! 僕も、ここでゲームオーバーになってしまわないよう最善を尽くさないと……!」


 一人で興奮しながら友情の鈴を取り出し、ダンジョン内に散らばっていた仲間を呼び寄せるルーテ。


「あ、あれぇ? 天使はどこ? そしてここはどこだい?!」

「アハハハハッ! 次アタシにブッ殺されたいのはどいつだァ?」

「漆黒の全員集合」

「●△※☆%〜!!!!!!」


 集まったホワイト達は全員もれなく魔物の返り血を浴びているので、先ほどまで壮絶な戦いを繰り広げていたことがうかがえる。


「皆さん、いよいよボス戦です! 気を引き締めていきましょう!」


 ルーテは、発狂しているジェリーの体に纏わりついていた無数のワームを引き剥がして燃やしながら言った。


「ジェリーさん大丈夫ですか?」

ィァチレァくかえりたい! ィァチレァくィァチレァくィァチレァくィァチレァくィァチレァくィァチレァくィァチレァく!」

「何を言っているのか分かりませんが、元気そうで良かったです!」

「………………………………!」


 ジェリーは、一瞬だけルーテに対して本物の殺意を抱いた。


 だが一度敗北して以来、彼に対する恐怖が本能レベルで刻み込まれてしまった為、反逆することはできない。


「このぉ……ッ!」

「い、いはいれすいたいですっ!」


 彼女にできる事は、ルーテの右頬を赤くなるくらい思いきりつねってストレスを発散することくらいである。


「ふぅ……落ち着いた」

「僕はどうしてつねられたのでしょうか? 理不尽すぎます……」


 ルーテは、涙目で頬をさすりながら言った。


「反対側もやってあげる」

「結構です……今は耐久力を上げる時ではないので……」

「そんな」


 ――とにかく、こうして一行は再びボス部屋の前で再集結したのだった。


「さて皆さん。この扉の先に、ボスであるベヒーモスとリヴァイアサンが待ち構える広大な空間があります!」


 気を取り直し、そう説明するルーテ。


「ねえルーテ。やっぱり引きかえ「早速突撃しましょう!」


 彼はジェリーの言葉を遮り、勢いよく扉を開けた。


 ――その先に待っていたのは、堆く積み上げられた屍の山と、真っ赤な血の海である。


 山には二本の角を生やした巨獣が鎮座し、海には白銀の鱗に覆われた龍のような巨魚が佇んでいた。


「ぁ……あ……あ……」


 そして奇妙なことに、屍の中には未だうめき声を上げている者が存在する。

  

 ベヒーモスとリヴァイアサンに挑み、そして敗北した者達は、死んでも死にきることが出来ない。


 身体に不死の細胞を埋め込まれ、産み落とした魔物達に血肉を与え続ける役目を負わされるのだ。


 そうして何千年も身動き一つ取れないまま全身を貪り食われ、自我も意識も完全に消失した時、彼らは初めて救済されるのである。


 積み上げられた屍は、彼らにとっての食糧なのだ。


「来たか愚かな人間よ。ここに転がる無数の肉袋が、貴様らの未来の姿だ」

「貴方がたは何年生かされたいですか? 千年? それとも万年? 好きなだけ、我が子らに与える供物としての生を全うさせてあげましょう」

「あああああっ!」


 刹那、部屋の中に飛び込んで来たホワイトが、その場に膝をついて大粒の涙を流す。


「とっても……とっても綺麗だ……。綺麗な天使がこんなに集まってるだなんて……芸術だよ……!」

「なるほど、死を望む生きた屍か……漆黒の血が騒ぐ」

「……そうだね。珍しく君と気が合ったみたいだ」

「漆黒の握手」


 それから、ホワイトとスクイードはしばらくの間、眼前に広がる惨状を眺め、感傷に浸っていた。


「アタシも血が見てえなあああああああああッ!」

「もうやだ……助けてオトヒメさま……」


 続けて、トワイライトとジェリーも続けて中へ突撃してくる。


「何だこいつら……」

「既に気が触れている……」


 今まで見た事が無い挙動をする人間ばかりが入って来たので、困惑するベヒーモスとリヴァイアサン。


 ルーテは、そんな二体に向かって無詠唱で風魔法を撃ちこむ。


「ぐああああああっ!」

「ひ、卑怯者っ!」

「いざ、尋常に勝負です!」


 かくして、戦いの火蓋は切られたのだった。


「皆さん僕の近くに集まって下さい! 扉の近くに居れば、向こうの攻撃はほとんど届きません! ここは安置です!」


 そして、もうすぐ終わる。

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