第81話 ルーテの成長


 おやつタイムを終えたルーテ達は、順調にダンジョンを攻略していき、番人の待ち構える深層に迫りつつあった。


「ギエャァァァ!」

「漆黒の魔弾」


 スクイードは右手の指先から墨を飛ばし、崩壊した通路の前方から襲いかかって来たコウモリ型の魔物――キマイラバットを撃ち抜く。


「ブオオオオオッ!」

「こらこら。暴れたら手元が狂っちゃうだろう?」


 一方ホワイトは、持っていた大鎌で、豚のような姿の魔物――オークキングの首を切り落とした。


「あぁ、そうだよ。とっても綺麗だねぇ……! 実に美しい血だよぉ」


 彼らの通った後には大量の墨と血がぶちまけられているので、二人だけで一騎当千の大活躍をしていることが伺える。


「二人とも隊列を崩さないでください! あと、自分から魔物にぶつかりに行くのもやめて下さい!」


 しかし、彼らは指示に従わずに行動しているため、ルーテは不満げな様子だ。


「おらおらおらァ! 来やがれクソどもォ! アタシが八つ裂きにしてやるよォッッ! アハハハハハッ! 全員くたばりなァァァァッ!」

「トワイライトさんも……」


 がくりと肩を落とすルーテ。しかし、全員限界まで育成してしまったので、魔物に行手を阻まれた程度では止まってくれない。


 暴走して無駄な戦闘を重ねる三人を止める術は、もはや存在していないのである。


「ほら、見て。ルーテがみんなをあんな風にしちゃったんだよ」


 ジェリーはニヤニヤしながら、ルーテの肩にそっと手を置いて囁く。


「全部ルーテが悪いんだから……反省しないといけないね……?」

「そうでしょうか? みんな元からこんな感じの人達だったような気がします!」

「え……」

「むしろ、罪のない人々ではなく、凶悪な魔物をやっつけるようになったので順調に改心していると思います!」

「そ、そうかな……?」

「ですから、ジェリーさんも頑張って良い人になりましょうね! まずは自分自身が反省してください!」

「…………ちっ」


 ルーテに罪悪感を抱かせて表情を曇らせようというジェリーの作戦は、失敗に終わった。


「それと、ジェリーさんは前衛なので僕の前に出て下さい! 指示には従わないといけませんよ!」

「え、ちょ、ちょっと」


 そう言って、隣に居たジェリーを優しく前へ押し出してあげるルーテ。


「グシャアアアアアッ!」

「……あれ、君の血は赤くないな。じゃあニセモノだぁ!」


 刹那、ホワイトが切り刻んだ巨大なワームの体液が飛び散り、ジェリーの全身にかかる。


「…………あ」

「ジェリーさん? 動きが止まっていますが大丈夫ですか?」


 彼女はワーム系の魔物が死ぬほど苦手だった。


「あばばばばばばば?!」

「ジェリーさんっ!?」


 幼少期に誤ってダンジョンへ立ち入り、ワームの巣に落ちてしまったことがトラウマになっているのである。


「あっ……あ、死んじゃう。オトヒメちゃんたすけて!」

「ここにオトヒメさんは居ません! しっかりしてください!」

「むり」


 ジェリーは弱々しい声でそう呟くと、そのまま気絶してルーテの方へ倒れ込んだ。

 

「…………滅茶苦茶です。……ゲームキャラが指示に従ってくれないだなんて、誤算でした」

「我が漆黒の左腕が疼く……」

「ニセモノの天使は地獄に送ってあげないとねぇ!」

「ひゃああああ! アタシは誰にも止められねぇぜエエェ!」


 目の前の惨状を眺め、肩をすくめるルーテ。


「どうしましょう……」

「オレ! オマエ! コロス!」


 するとその時、積み重なった魔物の山に隠れていた別のオークキングが、考え込んでいるルーテに襲いかかってくる。

 

「ジェリーさんまで動かなくなってしまいましたし……」

「――ギャッ!?」


 しかし、オークキングの身体はルーテに接近した瞬間にバラバラに切り刻まれ、最後に炎で消し炭にされた。


 ルーテは、二年の間に魔法の詠唱を破棄する方法を発見していたのである。


 ――そして今後、この世界に偶然生まれた奇跡の存在「人の言葉を話すオークキング」に関して言及されることは一切ない。


「…………でもよく考えたら、トワイライトさんにも、スクイードさんにも、ホワイトさんにも、ちゃんと自分の意思が存在しているように見えます。だから、一方的に指示を出しても聞いてくれないのは当然のことなのかもしれません。……僕は、少し自分勝手だったみたいです」


 敵キャラであった皆にもしっかりとした意思が存在していることを再認識し、自らの行いを反省するルーテ。


「相手の意思を尊重することが大切だと先生も言っていましたし……好きにやってもらいましょう。大切なのは思いやりの心です! 自分の意見ばかり押し付けてはいけません。――そうですよね先生!」


 こうして、彼は他者を尊重することを学び、また一つ成長したのである。


「……ジェリーさんもごめんなさい。本当は後衛をやりたかったのですよね」

「………………………………」

「僕が先行してボス部屋に向かいますので、元気になったら後ろから付いてきてください!」


 ルーテはそう言ってジェリーを床へ寝かせると、ボス部屋に向かって一直線に走り始めるのだった。


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