第80話 ダンジョン攻略開始?


 おやつの時間は、平穏に過ぎていった。


「うぅっ、ワタクシ……羨ましかったんですわ……っ! のんきにピクニックなんかしやがる……貴族のガキどもが……! ワタクシは……大人になって貴族の屋敷に忍び込めるようになるまで……ピクニックとかいうクソ優雅な遊びの存在すら知らなかったのに……!」


 念願のピクニックでおやつが食べられて、複雑な感情がこもった涙を流すトワイライト。


「泣かないで……」


 ジェリーは、彼女の背中を優しくさする。


「や、やめろォ……アタシはそんな甘ったれた嬢ちゃんみてぇなこと言わねェ……!」

「だいじょうぶ?」

「…………ジェリーさんよぉ……よく考えたらテメェもそっちクソ貴族側の人間だよなァ?!」

「……トワイライト。また戻りそうになってる」

「い、いけませんわ!」


 トワイライトは慌ててルーテ人形を取り出し、床に叩きつけて踏み躙る。


「アタシはもう狂っちまったんだ! いっそ全部壊れちまえええええええッ!」

「あぅぅ…………」

「はぁ、はぁ……いい表情……!」


 ジェリーは、それを見て悲痛な表情を浮かべるルーテを眺め、胸を高鳴らせた。


「…………ふぅ」

「トワイライト、元に戻った?」

「ええ。……ワタクシは……素敵なピクニックができて幸せですわ。こんな思いをさせてくださるルーテ様はきっと、神がワタクシに遣わしてくださった天使様なのですわね……!」


 落ち着いたトワイライトは、目を潤ませながらルーテに祈りを捧げる。


「いいえ、僕は普通の人間です! 先生の教えの通り、人として正しいと思う行いをするように心がけているだけなので!」

「かわいそうな子……」

「ど、どういう意味ですかジェリーさん?!」

「ルーテは頭がおかしいのに……自覚ないんだ……」

「ぼ、僕はおかしくありませんっ! 訂正してください!」

「…………やだ。本当のことだから」

「酷すぎます…………!」


 ジェリーから辛辣な言葉を投げかけられ、涙目になるルーテ。


「泣いていいよ」

「ぐ……泣きません!」

「…………っち、堪えたか。素直に泣けば良いのに……」


 ジェリーは、しぶとく涙を堪えるルーテにもどかしさを覚える。


「そもそも、ジェリーさんはどうして僕のことを泣かせたがるのですか?」

「だって……私をこんな風にしたのはルーテなんだから……責任とって」

「意味が分かりません……」


 ルーテはしょんぼりとしながら紅茶を啜る。


「ですが……紅茶を飲むと心が落ち着きますね。魔力が回復しました!」


 そして元気になった。


 ――ちなみに、こうして平和なやり取りをしている間も、殺気と威圧感は周囲に漂い続けている。


 全員、レベルが高いので効いていないだけだ。


 ひたすら警告を無視され続けたベヒーモスとリヴァイアサンは、完全に怒り狂っていた。


「下等生物が。生きてここを出られると思うな。八つ裂きにしてはらわたを引き摺り出し、我が子らの糧にしてやる」

「愚かな人間よ。貴方がたは、死すら救済になるほどの苦痛と絶望を知ることでしょう」


 このままいくと、皆殺し確定である。おまけに、ただでは殺してくれないだろう。


「†漆黒の宣告†」


 スクイードは椅子から立ち上がり、黒いマントをはためかせる。


「†僕もそろそろ血が見たい†」


 そして、それに張り合うホワイト。


ゥれッちキらハゴはォたカブ馬鹿とアホが張り切ってる


 こっそり罵倒するジェリー


「そうですね。おやつも大体食べ終わりましたし、そろそろ出発しましょうか」

「やったー! 天使の血が見れるよォ~~~ッ!」


 かくして、ダンジョンの攻略は再開されたのだった。


 *


 一方その頃、王の間では。


「報告です! 『聖なる森』の境界付近で、鋭い牙を持つ奇妙な生物二種の存在が確認されたとのことです!」


 一人の兵士が、慌てた様子で玉座に座る王に告げる。


「なんだと?! まさか……ベヒーモスとリヴァイアサンが外へ……?!」

「馬鹿な……記録では、千年近く活動していないはずだぞ……!」

「その姿すら伝承に残っていないのだ。今さらそんな事があるはずない……!」


 王の周囲に居る大臣達は、狼狽えた様子で呟く。


「皆静粛に」


 王はどよめく大臣達を黙らせた後、続けた。


「まずは、森へ調査隊を派遣せよ。……それから、冒険者ギルドに『非常事態に備え腕の立つ冒険者を集めよ』と通達しておくのじゃ!」

「はっ!」


 ――この後、ワニとサメはそれぞれ『ベヒーモス』及び『リヴァイアサン』としてその姿を記録され、歴史に語り継がれる伝説の存在となる。

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