第78話 ピクニック開始


 ワニとサメを置いていき、隊列を決定したルーテ一行は、聖なる森を進んで行く。


「赤い血が見たい!」

「静かにしてくださいホワイトさん。――生命の雫を手に入れるまでは、経験値を入手しても意味が無いので体力を温存するべきです!」

「でも赤い血が見たい!」

「だったら、自分の血を見て我慢してください!」

「なるほど~!」


 何故かルーテの言葉に納得したホワイトは、持っていた大鎌で自分自身の手首を傷つけ、赤い血を噴出させた。


「血だぁ~!」


 そして喜ぶ。


「……流血してもHPが減るので、できればしてほしくないですが」

「さあ、美しい天使。僕の血で君を真っ赤に染めてあげるよぉ!」

「僕、ホワイトさんのことがよく分かりません…………ずっとそういう感じで疲れないのですか?」


 ルーテは呆れた様子で言った。


ゥおモーチぁヌかてラウぃあヒなタなあなたには言われたくないと思う


 それに対し、思わず突っ込みを入れるジェリー。


「はい? ジェリーさん、今なんと言ったのですか?」

「教えない」

「そ、そんな、意地悪しないでください!」

「ふふふ……やだ」

「酷いです……!」

ィーあワク、ェツーロねマでぃマん涙目のルーテ、かわいい

「また何か言いましたね! そういうことをされると逆に気になってしまいます! 隠しテキストを回収したいですっ!」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 彼女は、ルーテを虐めて興奮していた。傍から見たら完全に変質者である。


「……赤よりも漆黒の方が格好いい」


 するとその時、不意にスクイードが呟いた。


「な、何を言っているんだい!? 真っ白な天使が真っ赤にお化粧される瞬間が一番美しいに決まっているだろう?!」


 それに対して、激しく食らいつくホワイト。


「違う。純白の天使が漆黒の堕天使へとその身をやつす瞬間が最も格好いい」

「はぁ~~?! 絶対赤の方がいいよッ!」

「漆黒だ。貴様は空虚で頭がおかしい。純白の馬鹿。タブラ・ラサ」

「ふん! 赤の良さが分からないだなんて、君とは一生分かり合えないみたいだね!」

「漆黒の同感だな。貴様とは一生分かり合いたくない」


 相容れないという点で見解が一致するホワイトとスクイード。


「皆で楽しく語り合いながら、素敵な森をお散歩する……これがクソ貴族どものやっているピクニックという奴なんですわね……! クソのどかで素敵ですわ……!」


 トワイライトは、誰一人として仲良くしていない一行を遠巻きに眺め、なぜか感動していた。


「おいクソガキぃ! ワタクシもお話しに混ぜて下さいまし~!」

「ぼ、僕は良い子です! 酷い呼び方をしないで下さい!」

「あ、あら、失礼。また悪しき心が出て来てしまっているようですわ! 早く発散しないと……!」


 ホワイトはそう言うと、ボロボロのルーテ人形を懐から取り出し、この前と同じように殺意を込めて踏みつけ始める。


「クソッ! クソクソクソッ! 何でアタシがこんな目にッ! アタシは泣くかも黙る盗賊のトワイライトだッ! 『ピクニック、楽しいですわ』じゃねぇんだよおおおおッ! アタシの頭はどうなっちまったんだッ! クソぉおおおおおッ!」

「あ、うぅ……」


 無意味に踏み付けられる自分の姿をした人形を見て、目を潤ませるルーテ。


「すごい……! こんな方法があったなんて……! 尊敬……!」


 ジェリーは、ルーテを泣かせる新たな手法を目の当たりにし、感激した。


「ふーッ、ふーッ! ……もう大丈夫ですわ、ルーテ様! 悪しき心は封じ込めましたのよ!」

「はい……。それは良かったです……」


 それから、俯いていたルーテは、気を取り直して皆の方へ向き直る。


「えっと、それじゃあ、今から皆さんに今日の日程をお話ししますね」

「待っていましたわ! 一体、どんな素敵なピクニックになるのでしょう……考えただけで胸の高鳴りが抑えられねェですわね……!」


 いつも以上に目をキラキラと輝かせるトワイライト。


「まず始めに、ベヒーモスとリヴァイアサンを倒します!」

「えっ」「えっ」


 予想外の発言に困惑するトワイライトとジェリー。


 流石の彼女たちも、その二体が神のように崇められる存在であることは知っていた。


「る、ルーテ様……? ぴ、ピクニックにしては最初からクソハード過ぎると思いますことよ?」

(がたがたがたがたがた)


 先程まで楽しそうに涙目のルーテを鑑賞していたジェリーも、現在は恐怖で震えている。


「皆さんは強くなったので大丈夫です!」

「漆黒の魔竜どもか……相手にとって不足はない。漆黒の歓喜」

「べひーもす? りゔぁいあさん? 僕はそんなつまんなそうなのより、君みたいな天使を真っ赤にしてあげたいんだけど?」


 一方、スクイードとホワイトは気楽な様子だった。方向性は違えど、彼らは殺し合いの中でしか生きられない哀れな存在なのだ。


「……それで、ここからが本番なのですが、二体を倒して生命の雫を手に入れたら、心ゆくまでこの森で経験値を稼ぎましょう! ……思えば、成長限界に達してからここまで長かったです。――けど、これでまた経験値を稼ぐ日々が帰ってきます!」


 そして、それはルーテも似たようなものだった。RPGの世界に転生した以上、最終的には魔物と戦って限界までレベルアップしないと意味がないと考えているのである。


 彼が辛うじてまともな世界に繋ぎ止められている理由は、シスターの教えと孤児院での楽しい日々があるからだ。


 その二つが壊されて仕舞えば、彼が今のままでいられる保証はない。


 彼にとって、自分の育った孤児院と、そこで一緒に暮らす家族は、それほどかけがえの無い存在なのである。


「後は、この森で手に入れた沢山のアイテムを持ち帰って……孤児院のみんなのことも、もっと強くしてあげましょう! 井戸の水に生命の滴を混ぜれば、飲むだけでいつでも成長限界を突破できる井戸の完成です!」


 ――それはそれとして、ルーテの親切心から、孤児院の子供たちが知らぬ間に肉体改造を施されることは確定事項だ。

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