第97話 サルガスの神隠し


「さあお前たち! ミネルヴァお姉ちゃんの為にビシバシ働くのですよ!」


 暇を持て余したミネルヴァは、自分より歳下の子供を十数人、孤児院の外に集めて命令した。


「ミネルヴァおねぇちゃん! はたらくって、なにするの?」


 すると、一番近くに居た桃色の髪の少女が問いかける。


「虐げられる民衆をうまく演出するのです!」

「む、むずかしくてわかんないよぉ……」

「くふふ……!」


 彼女が今やっているのは、女王様ごっこだ。自分に逆らえない子供達が命令に苦しむ様子を眺め、悦に入るのである。


「……やめなさいミネルヴァ。みんなを困らせちゃダメよ」

「あ、イリアおねえちゃん!」


 するとその時、孤児院の中からフィラエの看病を終えたイリアが姿を表し、注意をした。


 ミネルヴァが呼び集めた子供たちは皆、イリアの方へ駆け寄って行く。


「お、お前たちっ! ミネルヴァを裏切るのですかっ!」

「だって、ミネルヴァおねえちゃんよくわかんないんだもん!」

「んああああああああああああああっ!」


 彼女には人望がないのである。


「も、もう良いのですっ! 可哀想なミネルヴァは一人で寂しく遊ぶのですよ! 全部お前たちのせいなのですっ!」

「待ちなさいミネルヴァ! 拗ねないで!」

「拗ねてなんか……ないのですよぉっ!」


 イリアの制止を無視して、涙目で走り出すミネルヴァ。


 ――その時だった。


「いてっ!」


 彼女は、何かにぶつかり弾き飛ばされる。


「お、いきなり当たりか。テメェが『女王』だな」


 そこに立っていたのは、紅蝠血ヴェスペルティリオのサルガスである。


「お前……! 物分かりがいいやつですね! ミネルヴァにぶつかって来たことは許してやるです!」

「テメェがぶつかって来たんだろうがよォッ!」


 言いながら、サルガスは全力でミネルヴァを蹴り飛ばす。


「……あ?」


 しかし、彼の攻撃は一切通らなかった。


「ほぇ?」


 間抜けな顔をしたミネルヴァに、片手であっさりと受け止められてしまったのである。


「…………手加減しすぎたか?」


 現実を受け止められず、そんな独り言を呟くサルガス。


「まあいい。……おいガキ。残念ながら、テメェ以外は皆殺しだ!」


 彼は仕方なく、呆然と立ち尽くすミネルヴァに向かって叫んだ。


「もしかしてこいつ……悪い奴なのですかっ?!」


 そこでようやく状況を理解したミネルヴァは、超高速でイリアの元へリターンし、その後ろに隠れる。


「…………あ? 消えた?!」


 あまりの速さに、サルガスは彼女の行動を認識する事が出来なかった。


「お帰りなさい」

「あ、あいつ、敵なのですっ!」

「先生のお客さんでしょう? いけないわミネルヴァ。いくら目つきが悪くてちょっと汚いからって、人を見かけで判断するのは」

「皆殺しにするとか言ってたのです!」

「まぁ……! 言葉遣いまで醜く汚れているわ……!」


 驚愕の事実に思わず口元を覆うイリア。


「イリアもなかなかヤバいのです!」

「お、おねぇちゃん……」「あのひと……わるいひとなの……?」


 物騒な言葉を聞いてしまった子供達は、イリアに向かって震えながら問いかける。


「そ、そうね。悪い人みたい……」


 イリアは、おどおどしながら答えた。


「わ、私が何とかするから、あなた達は家の中に――「じゃあもやさないと」


 桃色の髪の少女が、ぼそりと呟く。


「もやさないと」

「もやそう」

「もやす」


 すると、彼女に呼応するように、他の子供たちが大合唱を始めた。


「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「もやす」「ミネルヴァも燃やすです!」


「な、なんだコイツら……?」


 あまりにも異様な光景に、サルガスは思わず後ずさる。


「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」

「もやせ」「もやせ」「もやせ」「もやせ」


「く、くそッ! 気色悪りぃガキどもだッ!」


 彼らに対し得体の知れない恐怖を感じ、一度撤退しようとするサルガス。


 だが、遅かった。


「はぁッ?」


 突如として、彼の右腕が発火したのである。


 サルガスは、瞬く間に全身を炎で包み込まれる。


「ぐあああああああああああああああああああッ!?」


 焼かれる痛みに悶え苦しみ、地面をのたうち回るサルガス。しかし、火の勢いは増すばかりだ。


「み、みんな!? 何をしているの?! いけないわっ!」

「でも、ルーテおにいちゃんが、わるいひとはもやして、うごけなくして、ぼくのところにつれてきてくださいって、いってたよ?」


 イリアの言葉に首を傾げる少女。


「わるいひととか、まものをもやすとね、ルーテおにいちゃんが、おかしくれて、ほめてくれるの! けいけんち? になるんだって!」


 子供達は皆、ルーテによって教育済みなのである。


「るーちゃんっ! また、あなたなのね……っ!」


 頭を抱えるイリア。ラストダンジョンから帰還したルーテは、間違いなく彼女に説教されるだろう。


「あ……がはぁッ!」


 一方、子供達の連続無詠唱火炎魔法を食らったサルガスは、焼け焦げになってその場へ倒れ伏す。


「このひとすごくよわい!」

「でも、どうするの? ルーテおにいちゃん、いまいないよ?」

「おにいちゃんのおへやにつれていこう!」

「おかしはあとでもらうの!」

「さんせー!」


 子供たちは、動かなくなったサルガスの近くへ群がり、ずるずると孤児院の中へ引っ張っていく。


「弱い人みたいだし、みんなに任せても大丈夫かしら……?」


 その様子を見ていたイリアは、ほっと胸を撫で下ろしながら呟いた。


「いいや、敵はまだいるかもしれないのですよイリア! 燃やし損ねないよう、全力で警戒すべきなのです!」

「そ、そうね……まだ危ないかもしれないし、それに、フィラエさんにも言っておかないといけないわ」


 二人はそんな会話をしながら、防犯対策をする為に孤児院の中へ引き返していく。


 ――かくして、辺り一帯は何事もなかったかのように静まり返ったのである。

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