第96話 惨めなオリオン


「ねぇ! ワンって鳴いてみてよ!」

「……顔は覚えた。貴様は絶対に殺す。何十年かかろうが絶対に殺すッッ!」

「こわー。……じゃあ、ニャーでもいいよ! だめ?」

「死ねッ!」

「お前、何も出来ないじゃん。何か面白いことやってよ!」


 『友情の首輪』を付けられ、動けなくなったオリオンに対し、極悪非道な要求をするゾラ。


「うわ……酷すぎます……。ゾラは人の心を持ち合わせていないのですか……?」


 その様子を見ていたルーテは、ドン引きしながら言った。


「何でだよ! お前にだけは言われたくないよ!」


 対してゾラは、顔を真っ赤にして怒る。


「恐ろしい子じゃ……」

「じーさん?! それはどっちに対して言ったの?! ルーテだよねっ?」

「……両方じゃな」

「ひどい!」


 ルーテと同列に扱われたことにショックを受けるゾラ。


「それと……オリオンと言ったか? お主もお主じゃ。子供相手に怒り狂い、聞くに耐えない暴言を吐くその姿……恥ずかしいとは思わんのか?」

「…………。思わない。君らと私では生命の次元が違う!」

「そうか。忠告しても無駄のようじゃな」


 老人はため息混じりに言った。


「そんなことよりも師匠! どうして居なくなってしまったのですか? それから、どうしてこんな場所に居たのですか? バグですか?」

「質問は一つずつして欲しいのう……」

「じゃあ、どうしてこんな場所に居たのか答えてください!」

「……ちょっとした野暮用じゃ。――もう済んだ」

「そ、そんな生半可な気持ちでダンジョンに来ないでください! 作った人に失礼です!」

「えぇ……? なんで儂、怒られてるの……?」


 困惑する老人。久しぶりのルーテにかなり振り回されているようだ。


「まったく……ゾラも師匠もおかしな人ですね! ――それとも、僕がまともすぎるのでしょうか……?」

「お前が一番おかしいよ。自覚ないんだね。知ってたけど」

「…………」

「え……な、何でボクのこと見るの……?」


 突然黙り込み、ゾラをじっと観察するルーテ。


「は、恥ずかしいんだけど……」

「…………!」


 ――そして、彼は真理へと至った。


「なるほど! おかしな人は、自分がおかしいと気付けないのですね!」

「急に自己紹介?」

「……ごめんなさい、ゾラ。僕はこれから、おかしなゾラが何をしても温かい目で見守ることにします!」

「…………もういいよ。それで」


 ゾラは全てを諦めた。


「というわけで、早速このラストダンジョンを探索しましょう! いきなり思わぬアクシデントに見舞われましたが、まだまだ強い魔物が残っているはずです!」

「この地に居る魔物は、儂が全て倒したぞ」

「えっ」


 かくして、ラストダンジョンの攻略は達成されたのだった。


 *


 一方その頃、孤児院の上空には紅蝠血ヴェスペルティリオの、残りの七人が揃っていた。


「あいつ……いつか絶対殺してやるわッ!」


 オリオンに腕を吹き飛ばされた女性――“不義”のシャウラは、肉体を再生しながら、小声で呟く。


 しかし、彼女の望みが叶うことはないだろう。


「まったく。たかが孤児院ごときを、こんなに大勢で襲う必要があるのかね。誰か一人で十分でしょ」


 少年――“貪婪”のグラフィアスは、退屈そうに言った。


「普通の孤児院ではないとオリオンが言っていただろう。話を聞いていなかったのか」


 と、筋骨隆々の巨漢――“鏖殺”のギルタブリル。


「くだらんな。――王である余は動かない。貴様らだけで始末を付けろ」


 王冠を被った男、“虚飾”のイクリールは不機嫌そうに命令した。


「ハラヘッタ……」

「テメェいつも腹減ってんな。……あそこの建物に、子供がいっぱいいるぜ」

「……コドモ、タリナイ……デカイヤツ、クイタイ……」

「知るかよ馬鹿。贅沢言うな」


 太った男――“暴食”のジュバと、粗暴な男――“掠奪”のサルガスは、暢気にそんな会話をする。


「………………」


 そして、不気味な怪物の仮面を付けた“安寧”のアクラブは、相変わらず一言も話さない。


「……では、そろそろ行くとするか」


「ギルタブリル! テメェが指図するんじゃねぇ!」


「コドモ……ニクスクナイ……オデ、イッパイクウ……」


「泣きわめくしかできないガキなんか殺しったって、別に楽しくないのだけれどねえ」


「ボクも、今回は乗り気じゃないかな。ガキは嫌いなんだよ」


「…………文句を言わずさっさと行け。下民ども」


「………………………………」


 ――もうじき、孤児院は地獄と化すのだ。

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