第98話 仲間割れ


 紅蝠血ヴェスペルティリオの一行は、先陣を切って孤児院へ突っ込んでいったサルガスの帰りを、森の中に身を潜めながら待っていた。


「あいつ、遅いわね。一体なにしてるのかしら?」

「まったくだ。様子だけ見て戻って来いとあれほど念を押したというのに……!」


 シャウラとギルダブリルは、苛ついた様子で呟く。


「調子に乗って一人でり始めちゃったんじゃない? アイツ馬鹿だし」


 それに対して、暇そうにしていたグラフィアスが答えた。どうやら、サルガスに信頼はないらしい。


「オデ……モウ、ガマンデキナイ……ッ!」


 その時、我慢の限界を迎えたジュバが、叫んで全身の贅肉を揺らしながら、孤児院に向かって走り出す。


「ハラヘッタアアアアァッ!」

「ま、待ちなさいジュバっ!」


 シャウラは慌てて呼び止めるが、既にかなり遠ざかっていた。


「行っちゃった。どいつもこいつも馬鹿ばっか」

「――仕方ないわね。グラフィアス! 追いかけなさい!」

「は? 何でボクがあんな奴のおりしなきゃいけないわけ? 冗談きついよオバさん」


 グラフィアスは不愉快そうに眉をひそめながら拒否する。


「……そう。そんなに死にたいのね、あなた」


 オリオンの一件で鬱憤が溜まっていたシャウラは、彼の発言を許さなかった。


「協力してくれるかしら、ギルタブリル」

「了解した」


 ――次の瞬間、彼の背後にギルタブリルが回り込む。


「貴様は一度、半殺しくらいの目には遭っておいた方が良いようだな」

「え……?」


 そして、そのまま彼の腕を締め上げた。


「いたたたっ! ちょ、ちょっと待って! お前には何も言ってないだろ!」

「仲間を侮辱する奴は許さん」

「お、オリオンの時は何もしなかったくせに! 弱い者いじめだ! 暴力反対!」

「大人しくしろ」


 刹那、グラフィアスの両腕は、ぽきりとへし折られる。


「うわあああああああああああッ!」


 激しい痛みに襲われたグラフィアスは、足をジタバタさせながら絶叫した。


「ありがとう。仲間想いなのって、とても素敵よギルタブリル。――その子のこと、そのまま押さえつけてて」

「承知した」


 シャウラは額に青筋を立てたまま、ゆっくりとグラフィアスに近づく。


 そして、彼の腹部にゆっくりと腕を突っ込んだ。


「あ……ぐ……」

「まだ何もしていないでしょう? あなたは、握り潰されるのならどこが良いかしら?」


 シャウラには、自分の体をすり抜けさせる能力があるのだ。そうして、相手を身体の内側から破壊するのが彼女の得意技である。


「……い、いやだ……!」

「謝ったら許してあげるかもしれないわよ?」

「………………っ!」

「どうするの?」

「ご、ごめんな……さい……」

「ダメ。許さない」


 その言葉と共に、グラフィアスの内臓の一部が握りつぶされる。


「ごぼぉッ! がはッ! うえええぇッ!」


 胃液と血の塊を吐き出し、ぐったりと項垂れるグラフィアス。


「ぅ……あぁ……」

「まだまだ元気そうね。もう一つくらい潰してあげようかしら」

「………………!」


 シャウラに身体の内側を撫で回されたグラフィアスは、苦しそうに目を見開く。


「ぇ……ぁ……!」

「許さないって言ったでしょう?」


 ――その時。


「…………そのくらいにしておけ」


 アクラブが、シャウラの腕を掴んで止めに入る。


「あらあなた、喋れたの」

「……ギルタブリル。お前もだ」


 そう言って、二人を威圧するアクラブ。その声は、無理をして低い声を出している少女のようである。


「仕方ない」


 ギルダブリルは、ゆっくりとグラフィアスを解放した。


「……余計な手間が増えた。私はこいつを治療する。――ジュバはお前らが追いかけろ」


 言いながら、アクラブはグラフィアスの手当てを始める。


「……まあ良いわ。今ので私もだいぶスッキリしたし、大人しく指示に従ってあげましょうか」

「同行しよう」

「あら、一緒に来てくれるの? ありがと」


 かくして、シャウラとギルタブリルも、孤児院へと向かうのだった。


 その場に残されたのは、アクラブとグラフィアスの二人だけである。


「ぅ……ぐぅっ……」

「…………今のはお前が悪いよ」


 アクラブは、小さな声で優しくそう囁いた。


 ――ちなみに、イクリールは宣言通り、現在も孤児院の上空で動かずに待機している。

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