第99話 どこにでも居るよ


 しばらくの間、森の中にある池のほとりで治療を受けていたグラフィアスは、やがて元気になる。


「あのクソババア……! ほんっと最悪なんだけど! せっかくボクが優しく相手してやってんのに、つけ上がりやがってぇ……っ!」


 だが、相変わらず悪態をついていた。


「……お姉さんって呼ばないからそうなるんだよ」


 アクラブは、近くの池で布の切れ端を濡らし、グラフィアスの顔に付いた血と汗を拭き取ってやる。


「なんだよアクラブ、お前までアイツの味方すんの?」

「賢くやれって言ってるだけ。無駄に敵を増やしたって仕方がないでしょ。また内臓握り潰されるよ」

「それは……やだ……」


 アクラブに諭されて痛みを思い出し、大人しくなるグラフィアス。


「……あと、今は二人きりなんだから、その……あたしのこと、ちゃんとした名前で呼べ……」


 するとその時、アクラブが仮面を外しながら、そんな事を言い始める。


 仮面の下には、顔を赤らめた少女の姿があった。


 肌の色は褐色で髪の色は白。色白の肌に黒い髪のグラフィアスとは対照的だが、その顔立ちは鏡で写したかのように似通っていた。


「あたしの名前、忘れちゃったわけじゃないだろ? レオン……」

「ノエル。――はい、呼んでやったよ」

「もう! やっぱり、お前のこと……嫌いだ……っ」


 真っ赤な顔のままそっぽを向くアクラブ――もとい、ノエル。


「何それ。ツンデレ?」

「つ、ツンデレはお前の方だろバカっ!」

「は? 別にお前の事なんかどうでもいいし。思い上がるなよ」

「はいそれツンデレ!」

「うるさいんだよっ!」


 彼らは、とある魔術師が研究の果てに生み出した人造人間ホムンクルスであり、ファンが目指した『双子』の到達点である。


「蹴るなよっ!」

「お前の方こそ殴ってくるなっ!」


 この星の歴史が始まってすぐの頃からずっと生き続けているが、残念ながら知能はさほど高くない。精神年齢も見た目相応である。


「このっ! このぉっ!」

「やりやがったなっ!」


 その為、オリオンの手下として良いように使われてきたのだ。


「………………」

「………………」


 それから二人は、しばらく取っ組み合った後で落ち着きを取り戻す。


 そして、横並びで座り、湖を眺めていた。


 ――もうすぐ夕方である。


「……みんな、遅くないか?」

「ボク達を差し置いて、好き勝手やってるんでしょ。いかれた奴らだし」

「それにしたって……こんな時間まで戻って来ないのは少し変だ……」

「じゃあ見てくれば?」

「………………」


 しばらく黙った後で、ノエルはふて腐れ気味に呟いた。


「やっぱいい。バカを一人で残しておくのは心配だからね」

「……ひねくれ者。一緒に来て欲しいならそう言えばいいだろ」

「べ、別にそんなんじゃないっ! あと、お前にだけは言われたくないっ!」

「ふーん。……じゃあここに居れば」

「えっ……」


 ノエルは驚き、目を大きく見開く。


「なんだよその反応」

「……い、いや、お前が引き止めてくるとは思わなかったから……」

「一応、心配してやってんだよ。バカが一人で行動してもろくなことにならないからね」

「こ、この……!」

「――嫌なんだろ、本当は」

「………………」

「お前、ガキの面倒見るの好きだし」

「……レオンみたいな?」

「殺すぞ」

「ご、ごめん」


 うっかりレオンの神経を逆撫でしてしまったノエルは、慌てて謝る。


「…………そうだよ。こんなことしたくない」


 それから、震えた声で言った。


「ならやめれば? ボクも、ガキなんか殺すのは弱い者虐めみたいで嫌いだね」

「で、でも、オリオンには逆らえないし……」

「今逃げればいいじゃん。誰も見てないだろ?」

「イクリールに見つかるかも……」

「そうなったら、ボクが時間稼ぎくらいはしてやるよ」

「さ、さっきから何言ってるの……?」

「そんなに嫌ならここから逃してやるって言ってんだよ」


 それからレオンは、視線を逸らしながらこう続ける。


「一応……治してくれたお礼」

「で、でも、そんなことしたらお前は……!」

「バカのくせに変な心配すんなよ。ボクは何でもいいから、理由を付けてあのクソババアに復讐したいだけ。……どうだっていいだろ」

「良いわけないっ!」

「何でだよ」

「お、お前のことが好きだからに決まってるでしょっ!」

「…………は?」

「……つ、ツンデレで……悪かったなっ! お、お前の言う通りだ……っ!」


 唐突な告白をしたノエルの顔は、真っ赤だった。


「お、お前、バカじゃないの?! こんな時に何言ってんだよっ!」


 レオンの顔も、同じく真っ赤である。


「だったらお前の方はどうなんだレオンっ! あたしのこと、どう思ってるんだよっ?! 本当にどうでもいいのか?!」

「べ、別に……そういうわけじゃないけどさ……」

「好きじゃないのかっ?!」

「す、好き……だけど……」

「だったら! あたしもお前もツンデレだっ!」


 ノエルは叫んだ。


「…………お前、頭大丈夫?」

「うるさいっ! あ、あたしはレオンのことが好きで、レオンはあたしのことが好きだっ! そうだろっ?」

「…………うん」

「つ、つまり、両思い……だったんだっ!」

「……うん」

「こ、こんなこと確認するために、何千年もかかっちゃったっ! 馬鹿みたいだっ!」

「……………………ふん」


 二人は向かい合うが、恥ずかしさのあまり目を合わせる事ができない。


「え、えっと、じゃあ……キスから……かな?!」

「目……閉じてなよ……」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 レオンの言葉に大人しく従い、直立不動のままぎゅっと目を瞑るノエル。


「ぼ、ボクからこんなことしてやるの……最初だけだからな……っ! ありがたく思えよっ!」

「んっ……!」


 呼吸を止めて口づけを待つノエルに、レオンの顔がゆっくりと近づいていく。


「……ノエル」

「レオン……っ!」


 その時――




「シャアアアアアアアアアアアアアアッ! 水辺でイチャイチャするカップルは全員俺のおやつだぜぇーーーーーーーーーッ!」


「うわああああああああああっ!」

「いやああああああああああっ!」


「淡水だからって油断したなアアアアッ! 俺はどこにでも居るぜぇーーーーーッ!」


 ルーテが湖で放し飼いにしていたサメの化け物が、突然二人に襲いかかってきた!!!

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