第100話 シャウラの絶望


「う……ん……?」


 気が付くとシャウラは、どこかのダンジョン内にある小部屋の石畳の上に、縄で体を縛られた状態で寝かされていた。


「あ、あれ……私は一体何を……?」


 どうしてこんな場所に居るのか思い出せず、困惑するシャウラ。


 彼女であれば、この程度の拘束は容易にすり抜ける事が出来る。


 しかし、問題はそこではない。


 この狭い小部屋には、夥しい量の血が飛び散った跡があるのだ。


 つまり、凄惨な拷問がここで行われていたということになる。


「は……?!」


 同時に、シャウラの体も全身に返り血を浴びて汚れていた。血は既に乾いているので、かなり時間が経っているようだ。


「な、何よ……何なの……!」


 身の危険を感じ、激しく取り乱すシャウラ。


「ふんふーん、ふふふんふーん」


 ――その時、部屋の外から、鼻歌交じりにこちら側へと近づいて来る何者かの足音が聞こえて来た。


「あ……あ……! 逃げないと……ッ!」


 そこで、彼女は漸く思い出す。現在に至るまでの記憶を。


 *


「……やけに静かね」


 ジュバの後を追いかけ、孤児院の前までやって来たシャウラとギルタブリル。


「やっぱり、もう終わっちゃったのかしら? “皆殺し”さんの出番は無かったわね?」

「――いや、中から大勢の気配がする。そういう訳ではなさそうだ」

「ふぅん」


 シャウラは興味なさそうに返事をした後、孤児院の外側の壁を探り始める。


 それから、ギルタブリルの方へ振り返って言った。


「じゃあ、私が中の様子を確認してくるわ。あなたはここで待機していてちょうだい」

「了解した。……気を付けろよ」

「ええ。ありがとう」


 言いながら、シャウラは孤児院の壁に手を当て、自身の体を透過させて内部へと侵入する。


「うふふ。見張りも居ないような場所に侵入しても、いまいち張り合いがないわね」


 そして、愉快そうに言った。


「あぁ、楽しみだわ。ここの子達は、一体どんな風に泣き叫ぶのかし……ら……」


 恍惚とした表情を浮かべながら大きめの独り言を呟いていたその時、彼女は侵入した部屋の異常性に気付いてしまう。


「う……そ……何これ……」


 シャウラが目撃したのは、黒焦げの状態で部屋の真ん中に転がされているサルガスの姿である。


「ぁ……ぁつい……あああ……」

「な、なによ……なんで……どういうことっ?!」


 派手に死にかけている同族を目の当たりにし、その場で腰を抜かすシャウラ。


 彼女が運悪く侵入したのは、物置部屋であった。


 燃やしたサルガスをルーテの部屋に運んだ子供達は、反省中のマルスに追い返され、仕方なくこの場所に置いておくことにしたのである。


「ぎ、ギルタブリルッ!」


 部屋の中から、外で待機しているギルタブリルの助けを呼ぶシャウラ。


 しかし、返事はない。


「な、なにしてるのよアイツはッ!」


 その時だった。


 突然、扉が開き、薄暗い部屋の中に光が差し込む。

 

「こっちだよー!」


 響く子供の声。


「よいしょ、よいしょ」

「このひと、けっこうおもい!」

「うーん……しょっ」

「みんながんばって!」

「それっ!」


 外の廊下から可愛らしい会話が聞こえた後、真っ黒な何かが部屋の中へ投げ込まれた。


「ひっ!?」


 シャウラは、自分の目の前に転がって来たそれを間近で見てしまう。


「う……ぐはぁっ……ぁぁ……」


 真っ黒なそれの正体は、燃やされて黒焦げになり、苦悶の表情を浮かべたまま気絶したイクリールだ。


 上空で待機していた彼は、子供達が詠唱した雷魔法の餌食となり、こうして見るも無残な姿となって孤児院へ回収されてしまったのである。


「い、いやあああああああああっ?!」


 変わり果てた同胞たちの姿を見て、絶叫するシャウラ。


「……あれ、おばさんだあれ?」

「だめだよ! おねえさんってよんであげないと!」

「ごめんなさい。おねえさんだれ?」


 そしてとうとう、彼女も子供達に見つかってしまう。


「うーんと……かってにはいってきてるから……」

「わるいひとのなかま!」

「もやそう」

「ここでもやしちゃだめっ!」

「じゃあ、どーするの?」


 シャウラは、瞬く間に五、六人の子供達に取り囲まれてしまった。


「な、なんなのよあなた達はぁッ!」


 大粒の汗を流し、恐怖で目を見開きながら問いかけるシャウラ。


「こおらせて、うごけなくしよう」


 ――すると、子供のうちの一人が答えた。


「それだ!」

「あたまいい!」

「こおらせよう!」

「こおれ!」

「こおれ!」


 刹那、シャウラの足の先がゆっくりと凍り付いていく。


「いやッ! いやあああああああああッ!」


 彼女はもはや、ただ泣き叫ぶことしかできなくなっていた。


「こおれ」「こおれ」「こおれ」「こおれ」「こおれ」「こおれ」


「あ、あ、ああああああああ」


 為す術なく凍り付いていくシャウラの体。


「よいしょっ、よいしょっ」

「このひとっ、おもすぎっ!」

「おもいっ、おもいよぉっ……」

「みんながんばってっ!」


 その意識が途切れる直前に彼女が目にしたのは、別の子供達に運び込まれてくる、豚の丸焼きのような姿になったジュバだった。

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