第102話 秘密結社幹部達の末路


 孤児院が地獄と化してから、およそ一週間後。


「おぅち、かぇりたいよぉぉっ……!」


 魔物サンドバッグ道場にて、朝はルーテとの殴り合いを強要され、夜は狂った殺人鬼に追いかけ回されるという、悪夢のような日々を送ったシャウラ。


「ぱぱぁーーーーーっ!」


 彼女は、以前よりも強靭な肉体を手に入れたが、代償として精神が崩壊した。


「ぱぁーーーーーーーっ!」


 現在の彼女は、三歳児程度の思考能力しか持ち合わせていない。


「わんわんっ!」


 他の紅蝠血ヴェスペルティリオの面々も、概ね似たような状態である。


「わんわんわんわんわん!」 


 序列一位のオリオンは、ここに来て二日目くらいで犬になった。


 強大な力を持ち、今まで頂点に君臨する立場だった分、狩られる側となる事に慣れていなかったのである。


「わおーん!」


 四つん這いで犬の鳴きまねをする惨めな青年の姿が、そこにあった。


 ちなみに、飼い主はルーテということになっているが、ルーテは彼の事を『友情の首輪』で繋がった友達だと思っている。


「オデ……オナカ……スカナイ……」


 ジュバは痩せた。


「ナニモ……クイタクナイ……。クワレタクナイ……」


 そこにかつての面影はなく、ヒョロヒョロである。


 サメも、今の脂身が少ない彼には見向きもしない。


「余は……む、虫けら以下の存在である……。み、皆のもの、余に靴を舐めさせてください……!」


 イクリールはよく分からないことになっていた。


 自分が絶対的な王であるという自信が打ち砕かれ、おかしくなってしまったのだろう。


「ひ、ひぃぃっ! い、命だけは……命だけはお助けを……!」


 たまに自分のことを雷で撃ち落とした子供たちを思い出し、錯乱するのが彼の日課だ。


 孤児院での出来事が、深刻なトラウマになっているのである。


「あ…………ぁ、ぁ……」

「うぁぁ……あ……」


 一番酷いのが、サルガスとギルタブリルの二人だ。


 彼らは、うめき声を発しながら仲良く地べたを這いずり回っている。


 もはや、言葉すら話すことが出来なくなってしまったのだ。


 自称超越者であった彼らにとって、自身よりも強大な力を持つ者に蹂躙されるという体験は、それほどの恐怖と苦痛を伴うものだったのである。


「最近、みんな元気ないよね。どうしたんだろ?」

「知らねぇぜ!」


 変わり果てた紅蝠血ヴェスペルティリオ達の様子を眺め、そんな会話をするホワイトとサメ。


 ――その時。


「おはようございます!」


 勢いよく扉が開き、魔物サンドバッグ道場にルーテが訪れる。


「あ! 天使だぁ!」

「さあ、やりましょう! みなさん!」

「……チッ。カップルで来いよ。やり辛ぇだろうが!」


 本日も、朝の日課が始まったのだ。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 刹那、紅蝠血ヴェスペルティリオの面々は一斉に立ち上がり、ルーテに向かっていく。彼さえ仕留めることが出来れば、この悪夢から抜け出せると信じているのである。


 互いに足を引っ張り合う寄せ集めだった紅蝠血ヴェスペルティリオは現在、ルーテという天敵の登場によって、この上なく団結していた。


「今日もやる気十分ですね! 僕も負けません!」


 *


 朝の日課を終え、魔物サンドバッグ道場を後にしたルーテは、拳をぐっと握りしめる。


「ちょうど一年後です……!」


 今日から数えてちょうど一年後、ついに運命の日がやって来るのだ。


「原作における、僕の命日……そして、絶対的な負けイベントが発生する日……! 果たして、僕はどうなってしまうのでしょうか……?!」

 

 星歴1678年に発生する大地の亀裂によって、この星はダンジョン以外の場所にも魔物が跋扈する地となる。


 ゲーム本編がスタートする日が、目前まで迫っているのだ。


「…………。思ったより長いですね……! 何だかもう勝てる気がします……! 来るなら早く来てください……!」


 ルーテは若干飽きていた。ラストダンジョンの攻略が消化不良に終わったので、行き場のないゲーマーズソウルが疼いているのである。


「このままでは……レベルがカンストしてしまいます!」


 現在、ルーテのレベルは85だ。


「……もういっそ、あと一年で、僕だけでなくみんなの事まで限界まで強化してしまいましょう! 暇ですし!」


 彼のレベルがカンストするのが先か、一年後の負けイベントが始まるのが先か。


 ルーテの、最期?の挑戦が始まった。

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