最終話 孤児院は今日も平和だった
……一年後。
「ふわぁ……」
早朝、ルーテは鳥のさえずりによって目覚める。
「マルス! 起きてください! 今日がいよいよ運命の日です!」
「んぁ……?」
ルーテが勢い良くカーテンを開けると、部屋の中に日の光が差し込んで来た。
「今日もいいグラフィックです!」
窓の外に見える広大な中庭では、早く起きた子供たちが超高速で楽しそうに走り回っている。
よく見ると、中庭のはじの方には木刀で素振りをしている明丸の姿があった。
だが、素振りの風圧で近くにあった木を切り倒してしまい、慌てふためいている様子である。
すると、そこへ子供達が集まってきて、何かの魔法を発動し、一瞬で木を再生させた。
「みなさん……立派に成長していますね……!」
その姿を眺めて、ルーテはしみじみと呟く。
ここは、巨大な要塞と化した孤児院の五階。
ルーテの活躍によって、孤児院の戦力は、この星に存在する国家を全て滅ぼせる程度にまで拡大していた。
ほぼ全員カンスト状態である。
将来的には、シスターやブラッドの尽力により、このレベルの孤児院や学校が世界各地に建造される予定だ。
また、魔物サンドバッグ道場は孤児院の地下に移設され、自由に利用できるようになっている。
ルーテの思い描く、理想の孤児院が完成しつつあるのだ。
「おい、ルーテ。運命の日ってなんだよ?」
「忘れてしまったのですかマルス?! 今日、大地の亀裂が発生して、この孤児院に沢山の魔物が襲って来るんです!」
「……? ああ、そんな事言ってたな。……こんなに平和なんだから、何も起こらねーよ。安心しろ」
「危機感が欠如していますよ! そうやって油断している時が一番危ないのです!」
「わ、分かったよ。悪かったって。……眠いからもうちょっと寝かせてくれ」
マルスはそう言うと、二度寝をし始めた。
「言うことを聞いてくれない……! まさか、レベルを上げすぎた弊害がこんなところに……?!」
ルーテは、おろおろしながら呟く。
「し、仕方がありません! マルスがだめなら、もう一人の主人公を頼りましょう!」
かくして、ルーテは部屋を飛び出し、広い孤児院のどこかに居るイリアを探し始めるのだった。
「まずは……部屋に行きましょう!」
ルーテは廊下を走って建物の反対側へ回り込み、イリアの部屋を訪ねる。
「もしもし! 誰かいませんか?」
扉をノックしながらそう呼びかけるルーテ。
「…………なに」
すると、眠そうな目をしたゾラが中から顔を出した。
「イリアは居ますか?」
「……もう起きたっぽい。あいつ、早起きだから……」
背後にある二段ベッドの方へ目をやりながらそう答えるゾラ。
「では、ゾラにも伝えておきます!」
「……ふぇ? う、うん。なにさ?」
「覚えているとは思いますが、今日は運命の日なのです!」
「はい?」
「この孤児院に沢山の魔物が襲って来るんですよ! 警戒しなければいけません! みんなで力を合わせて、返り討ちにするのです!」
ゾラは、以前ルーテにされたその話を完全に忘れていた。
「あー。その設定、まだ存在してたんだ……」
「せ、設定? 確かに設定ですが、実際に起こることなんです!」
「……ルーテ、キミも十二歳だ。変な妄想ばっかりしてないで、そろそろ大人になりたまえ」
芝居がかった口調で忠告するゾラ。
「な、何を言っているのですか?!」
「孤児院が壊滅するとか、世界が滅びるとか、そんなことあるわけないでしょ? 可哀想だから、今まで話を合わせてあげてたけど……ボク、そろそろちゃんと否定してあげた方がルーテの為になると思うんだ!」
「そ、そんな……!」
マルスもゾラも、ルーテの話を信じてなどいなかった。
可哀想な子だと思い、今まで話を合わせてくれていたのである。
「うぅ……そんなのって……あんまりです!」
「ボクも昔は……妖精さんとか信じてたからさ……。誰でも通る道だよ!」
「本当なのに……!」
「よしよし。そうだね!」
かくしてルーテは、ゾラに慰められた後、すごすごと退却することになったのだった。
「むごい……!」
撫でられてぼさぼさになった髪を直しながら、呟くルーテ。
「もはや……僕一人で何とかするしかないのですね……!」
彼は自室へ向かいながら、決意を新たにした。
「どうかしたですか?」
するとその時、たまたま通りかかったミネルヴァが話しかけて来る。
「あ、ルーテお兄ちゃんだ」
「ルーテお兄ちゃんだ!」
その両脇には、ノアとレアの姿もあった。というより、ミネルヴァに捕まっていた。
「……ミネルヴァ。今日、世界を滅ぼそうという予定はありませんか?」
「意味がわからないのです!」
「そう……ですか……。ラスボスなのに……」
「ミネルヴァはらすぼす? なんて変な名前じゃないのですよ!」
ミネルヴァは、落ち込むルーテに向かって抗議する。
「結局、裏ボスも発見できませんでしたね……」
「うらぼすでもないのです!」
「……はい、分かっています。――ところで、三人は何をしていたんですか?」
「ミネルヴァは、コイツらを誘って、外で遊んでやろうと思っていたのです! お
にっと笑いながらそう話すミネルヴァ。
「外こわい……」
「食べられちゃう!」
「出たくない……」
「ずっと部屋にいる!」
しかし、ノアとレアは完全に引きこもりと化している為、不本意のようである。サメによるトラウマのせいだ。
「寝ぼけたこと言ってないで、さっさと行くですよ!」
「わー……」「きゃー!」
ミネルヴァは、抵抗する二人を引っ張って、せっせと階段を降りていくのだった。
「………………」
ルーテは、無言でそれを見送る。
「……この調子だと、イリアに話しても信じてくれそうにありませんね。……まさか、負けイベントをソロプレイでこなす事になるなんて……!」
絶望的な状況を前に、ぎゅっと拳を握りしめるルーテ。
「面白い展開になって来ました! 果たして、僕は今日でゲームオーバーになってしまうのでしょうか?!」
彼は楽しければ何でもよかった。
*
そして、朝食後。
ルーテは、誰もいない、広々とした食堂で一人、元気よくベヒーモスミルクを飲んでいた。
「るーちゃん、今日はやけに楽しそうね。何か良いことでもあったのかしら?」
すると、残っている彼のことを気にしたイリアに話しかけられる。
「おはようございますイリア!」
「お、おはよう」
「僕は今日、一人で運命へ立ち向かうことにしたのです……! もう誰にも止められません!」
「そ、そう」
「はい!」
「……じゃあ、なるべく邪魔しないようにするわね……」
「はい! ありがとうございます!」
今のルーテを下手に刺激してはいけないと判断したイリアは、そっと食堂を後にするのだった。
「さて、後は運命の
元気よくミルクを飲み干し、椅子から立ち上がるルーテ。
彼はその後、孤児院の皆といつも通りの楽しい一日を過ごし、夕食を食べ、お風呂に入り、歯を磨き、元気よくベッドに入った。
「ふぅ、今日も素敵な一日でした!」
そして、ゆっくりと目を閉じる。
「………………すぅ、すぅ」
すやすやと寝息を立て始めるルーテ。
――しかしその時、突如として目を見開き叫ぶ。
「何も起こりませんでした!!!!」
孤児院は今日も平和だった。
(完)
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