第90話 フィラエとみんなの愉快な一日


「それじゃあ、お掃除でもしよっかな」


 ニコニコしながら、そんな独り言を呟くフィラエ。


「おはようございます、フィラエどの」

「ど、どの?!」


 すると、再び背後から話しかけられた。


「お早いのですね」

「おはよう、フィラエさん。朝は……ゆっくり寝るもんだぜ……」


 振り返ると、そこに立っていたのは溌剌とした明丸と、非常に眠そうなマルスである。


「おはようございます。明丸くん、マルスくん。――さっき、ルーテくんが秘密基地に出かけて行きましたよ」


 フィラエが何気なく言うと、二人は大きく目を見開いた。


 明らかに様子がおかしい。


「あれ……? 一緒に遊ぶのではないのですか?」

「遊ぶ……? 違う、あれは……遊びでも修練でもない、もっと恐ろしい何かだ……!」

「あ、明丸くん……?」

「まさに鬼畜の所業……!」


 明丸がおかしくなってしまったので、フィラエは助けを求めるようにマルスの方を見る。


「……いい天気だなぁ」


 しかし、彼は現実逃避していた。一体、どんな恐ろしいものを見たのだろうか。


「マルスくんっ!」

「…………えっと、朝はルーテの邪魔をしちゃいけないんだ」

「そ、そうなのですか?」

「命がいくつあっても足りないからな……」

「へっ?!」


 フィラエにはもう、何が何だか分からなかった。


「――とにかく、そういう訳なので、私とマルスは二人で剣の修練をしているのです」

「剣?!」


 そこへ、更に聞き捨てならない発言が飛び込んでくる。


「そ、それは、とっても危ないことなのではないですか?!」

「真剣は使わないので安心してください」

「そう言われましてもぉ……!」


 今まで争い事とは無縁だったフィラエは、子供のうちから剣の修行をしているらしい二人のことが、とても心配だった。


「なに、そこまで危険なことはしません。実際、遊びのようなものです。――男の子は剣が好きなのですよ」

「明丸はたまに女の子だけどな!」

「黙れ。斬るぞ」


 やり取りの時点で物騒なので、どうしても安心出来ない。


「あ、そうだ! それなら、俺達が修行する所を見てればいいんじゃないか? 明丸もそれでいいだろ?」


 その時、マルスが明丸の拳を受け止めながら言った。


「私は誰に見られようと構わないが……フィラエどのは忙しくはないのですか?」


 攻撃を防がれた明丸は、即座にもう片方の拳を叩き込む。


「うぐ」


 今度は当たった。


「だ、大丈夫! ――ぜひ、見せてもらいたいです! 心配すぎるので!」


 かくして、フィラエは二人の修行を見学することになったのである。


「へへっ。その程度か明丸……その程度の攻撃じゃあ……俺は倒せないぞ!」

「――隙ありッ!」

「ぐはぁッ!」

「あ、あと、ケンカはやめてくださいね?!」


 そして、恐らく問題児はこの二人なのだろうと見当をつけていた。


 *


 その後、外へ出た明丸達は、孤児院の壁に立て掛けていたボロボロの木剣を手に取り、向かい合う。


 明丸が脇に持っているのは細身の木刀。


 対して、マルスが構えているのは身の丈ほどある大剣である。


「あんな物をブンブン振り回すだなんて……危なすぎますよぉ……っ!」


 少し離れて二人の中間くらいの位置に立っていたフィラエは、悲鳴に近い呟きを漏らした。


 始まる前から目を覆いたい気分である。


「どうする? 私はいつでも始められるぞ?」

「いつも通り、どっちかが動いたら試合開始だ」

「了解した」

「お、お二人とも……やはり、もっと安全で楽しい遊びをした方が……」


 どうにかして二人を止められないかと考えるフィラエ。


「そうだ! 私――先生かくれんぼがしたいなっ!」


 ――刹那、空気が震えた。


 二人が、目にも止まらぬ速さで互いの間合いへと踏み込んだのである。


 移動によって発生した衝撃波だけで、フィラエは大きくよろめいた。


「ふえええええぇ?!」

「先手必勝おおおおおおおおおッ!」


 先に攻撃を仕掛けたのは、マルスである。


 マルスは、持っていた大剣を明丸の脳天目掛けて振り下ろす。


「甘いぞ」


 明丸は、最小限の動きでそれを避けた。


 大剣は地面に大きくめり込み、草原を抉る。


「きゃああああああっ!」


 轟音と共に大地が揺れ、尻餅をつくフィラエ。


「キエエエエエエエィッ!」


 攻撃をかわした明丸は、続けざまに居合の一閃を放った。奇声を発しながら。


「ッ!」


 その瞬間、マルスは素早く大剣から手を離して背後へ仰け反る。


 彼の鼻先を、明丸の放った一閃が掠めた。


「……ふん」


 初撃を外した明丸は、咄嗟にマルスが手放した大剣を蹴ってへし折る。


「ああっ!」

「剣から手を離すなと言っただろう?」


 そして、木刀を突きつけながら言った。


「……剣を持ったまま死ぬよりはマシだぜ。うちではそう教えられた」

「そうか。なら、師の教えに殉じるがいい」


 明丸は、刀を振り上げる。


 そして、そのまま勢いよく振り下ろし、


「――丸腰だと相手が油断するからな」


 マルスに両手で受け止められるのだった。


「なっ!」

「引き分けだぜ!」


 明丸の持っていた木刀を、両手でへし折りながら宣言するマルス。


 木剣はそう簡単にへし折れて良いものではない。


「あ、あわわわ」


 一方フィラエは、何が起きたのか分からず腰を抜かしていた。


「もう……だめ……」


 明らかに人間のレベルを超越した『遊び』を見せられ、刺激が強すぎて意識を失うフィラエ。


「お、おい、フィラエさん倒れてるぞ?!」

「なんだと?! しっかりしてください、フィラエどのっ!」

「せめて……先生って……呼んでほしいなぁ…………がくっ」

「フィラエどのーーッ!」


 彼女の一日は、始まったばかりである。

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