第89話 新米シスター、フィラエ


 ルーテが商談(?)を済ませてアッシュベリー邸から帰還した、翌日の朝。


 シスターは、孤児院の玄関口で新米のフィラエに見送られていた。


 フィラエは、大人しそうな黒髪の女性である。


「私は町へ出かけます! 今日一日、お留守番をお願いしますね!」

「は、はい……分かりました……」


 シスターに言われ、おどおどしながら頷くフィラエ。


「……今の子供達はみんなとても個性的ですが、何が起きても気を確かに持っていてください。良いですね?」

「え…………な、何か起きるんですか……? みんな良い子だと思いますけど……」


 フィラエは、真剣な表情で念を押すシスターを見て怯える。


「そ、そういう事なら、その……一人で面倒を見るのは……まだ不安です……」

「あなたならきっと大丈夫! 上手くやれますよ!」

「ま、まってくだ――」


 活力みなぎるシスターは、勢いよく外へ飛び出していった。


「さい…………」 


 かくして、フィラエは子供たちがひしめく孤児院に、たった一人で取り残されてしまったのである。


「せ、先生……どうしちゃったんだろう……前はあんなに活発な人じゃなかったのに……」


 ふと、そんな疑問を口にするフィラエ。子供達に囲まれ、静かに生涯を終えようとしていたシスターが、なぜああなってしまったのかまるで分からなかった。


 一方、肉の効果によって元気になりすぎたシスターは、より多くの子ども達を救う為、寄付された資金で各地に孤児院を建設するという事業を計画していた。


 最終的には、建てた孤児院を子供達が身分を問わず通う事の出来る学校にし、この国に、そして世界に、義務教育を普及させようと目論んでいる。


 そんな彼女を支援しているのは、アッシュベリー銀行だ。ブラッド・アッシュベリーにとって、教育の行き届いた質の高い労働者は、いくらでも欲しい価値のある人材なのである。


 また、慈善事業を支援する事で、銀行の清廉さをアピールしようという狙いも存在している。


 原作のブラッド・アッシュベリーは、ホワイト達に誘拐された娘を殺されて狂い、彼らに高額の賞金を賭け、捕まえたら存分に痛めつけてから再び野に放ち、追われる恐怖を延々と味わわせ続ける復讐の鬼に成り果てるので、そこまで仕事熱心ではない。


 ルーテの気まぐれによって救われた人々が暴走し、世界を変えようとしていた。


「この先……やっていけるのかな……」


 肩を落とし、ため息をつくフィラエ。


 彼女は新米でありながら、そんな規格外の問題児を抱える孤児院を任されてしまったのである。


 といっても、本人はその事を知らない。


 シスターの言葉を聞き、何が起こるか分からない恐怖に怯えていた。


「おはようございますフィラエさん!」

「ひぃっ!」


 その時、背後で全ての元凶――ルーテの声がする。


「る、ルーテくん……! おはようございます」


 フィラエは少しだけ驚きつつ、挨拶を返した。


「先生はお出かけですか?」

「そ、そうなんです! 私一人では不安で……」


 そこまで言いかけて、ハッと口元をおさえる。


「ごめんなさい。こんなこと、ルーテくんにする話じゃないですよね……」

「そんなことはありません! 心配ごとがあったら、何でも僕に相談してください!」

「ルーテくん…………!」


 その献身的な姿勢に感動し、目を潤ませるフィラエ。


「みんな良い子達なのに、私が不安な姿を見せてはいけませんよね……!」

「?」

「私、頑張ります! これからよろしくお願いしますね、ルーテくん!」


 フィラエはぐっと拳を握り、気合いを入れ直す。


「……? 元気になったみたいで良かったです!」

「ルーテくんは、優しくてしっかりしているのですね……!」

「はい! 僕はまともです!」


 こうして、ルーテはフィラエからの信頼を勝ち取ったのである。


「……先生に負けていられません、僕も行って来ますね!」

「どこへ行くのですか?」

「外です!」

「い、いえ、そうではなく……」

「ええと――――朝は魔物サンドバッグ道場で経験値を稼ぐひみつきちであそぶのが日課なんです! 朝食までには戻って来ますので、心配しないでください!」

「なるほど、秘密基地ですね! まだ残ってたんだ……!」


 何かと勘違いをして、嬉しそうな笑みを浮かべるフィラエ。


「分かりました。気をつけて行って下さい!」

「はい!」


 かくして、フィラエはルーテを見送った。


「しっかりしているとは言っても、まだまだ可愛い子供ですね……! ふふふ、ちょっと安心しました」


 そして、とても微笑ましい気持ちになるのだった。

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