第88話 食の革命
「もしかして、もうお昼ご飯を食べてしまったのですか?」
「いいや。……というより、私は基本的に朝と夜しか食べないんだ」
「そうですか……残念です……」
しょんぼりするルーテ。彼は、自分が【料理】スキルを発動して作った料理を、誰かに食べてもらいたかったのである。
ブラッドに出した焼いただけのステーキは、彼の自信作であった。
「………………」
ルーテは、テーブルの上に並べた料理を名残惜しそうに見つめる。
「だ、だが、これはしっかり味見させてもらうよ!」
露骨に落ち込んでいる姿を見て、咄嗟にそう宣言してしまうブラッド。
「本当ですか?! ありがとうございます!」
すると、ルーテは途端に元気を取り戻した。
「……で、では、まずはベヒーモスステーキの方から試食させていただくとしよう」
「いただいちゃってください!」
「うむ……」
ブラッドは、恐る恐る肉片を切り分け、それをゆっくりと口に運ぶ。
「………………っ!」
刹那、彼の身体に電流が走った。
「な、何だこれは……!」
口の中に広がる上質な肉の味。溢れ出す肉汁。走り出したいほどの高揚感。
富豪である彼が食べてきたありとあらゆるステーキの中で、二番目に美味しいといっても過言では無かった。
ちなみに、一番は亡き妻が焼いてくれた素朴な味のステーキである。
「美味しい……! これはもはや……大地の旨味が凝縮された麻薬だ……! 市場に流通させたら……人類の食というものが根本から変わってしまうぞ……!」
「そ、そこまでですか……?」
予想以上の反応に、ルーテは困惑した。
「こ、こちらも食べさせてくれ!」
我慢できなくなったブラッドは、リヴァイアサンステーキの方にも食らいつく。
「………………ッ!」
こちらのステーキは、凝縮された海だった。ありとあらゆる魚類の良いところだけを搾り取ったかのような、至福の味。そして、しつこすぎない優しい脂味。
噛む前に、口の中でリヴァイアサンの身が解けていく。
「素晴らしい……!」
全身を満たす多幸感。
「ベヒーモスステーキが暴力的かつ麻薬的な旨味であるとするならば、リヴァイアサンステーキは洗練された麻薬的な旨味……!」
「どっちも麻薬的なんですね」
「ああ、私の心を幸福へと導いてくれる……! 実に甲乙つけ難いぞ……ッ!」
「あの、僕は買い取ってくれるのであれば、別に甲乙はつけなくて良いのですが……」
「――そうかッ! では、二つ同時に食べればどうなるッ?!」
ブラッドはルーテの言葉をまるで聞いていなかった。
ベヒーモスとリヴァイアサン、二つの肉片をフォークへ突き刺し、一緒に口へ運ぶ。
「…………んッ!」
彼は高みへと至った。
そこには全てが詰まっている。
ブラッドは目から涙を流し、圧倒的な幸福感に浸っていた。
「あの、どうでしたか?」
「……決めたよ、ルーテ君」
「はい」
「私と……結婚しよう!」
突然立ち上がり、意味不明なことを口走るブラッド。
「君とであれば、妻も許してくれるはずだ!」
「お断りします!」
「では、セレストの婿になろう!」
「そういうことは勝手に決めるべきではないと思います! とにかく、これを飲んで落ち着いてください!」
ルーテはベヒーモスミルクを差し出し、それを飲ませて暴走状態のブラッドを鎮静化させた。
「ごくごく……はっ?!」
「落ち着きましたか?」
「……う、うん、すまなかったルーテ君。先程までのことは忘れてくれ」
「僕は素材を買い取ってもらえればそれで良いので、問題ありません!」
「すっかり忘れていたが、そういう話だったね」
「大切なところを忘れないでください!」
ブラッドは冷静さを取り戻し、再びソファーへ腰掛けた。
「君は……これらの肉を量産できると言っていたな」
「はい!」
「では決まりだ。――私と共に、世界の食を変えよう」
「…………はい?」
こうして、革命が始まった。
*
一方その頃、自室へ連れ戻されたセレストは、イリアに膝枕をされていた。
「あのね……ルーテさまはね……かわいいのに、何もかもめちゃくちゃなの……! でも、そこが好き……!」
うわ言のように呟くセレスト。
「そう。だったら、私があなたをめちゃくちゃにしてあげるから、るーちゃんのことは諦めなさい」
対してイリアは、訳の分からない提案をする。
「絶対にいや!」
「それなら、あなたにはまず、私のことを好きになってもらうしかないわね」
「きゃっ! 大胆……!」
「うふふ、お友達になりましょう?」
どうやら、二人とも仲良くできているようだ。
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