第31話 哀れなノックス
「……戻って来てみりゃこのザマだ。ホワイトといい、トワイライトといい、情けないったらありゃしねえな」
ノックスはそう言いながら、捕らえている二人の首元へ短剣を突きつける。
「ごめんなさいルーテ……やっぱりあなたのことが心配で探していたら……捕まってしまったわ……」
「このおじさん……乱暴なのです……」
「そこを動くなよクソガキ。――動いたらこいつらの命はねえぜ」
ぎらりと光る短剣。
ノックスは、ルーテのことを牽制しつつ、じりじりと距離を詰めていく。
「イリア。その人は経験値――ではなく、悪い人ですよ? どうして攻撃しないのですか?」
「む、無理なの……! 人に向けて魔法を撃つのは……やっぱりこわいわ……。ルーテみたいに上手に加減できないから……」
「……なるほど。イリアは優しいですね!」
イリアの答えを聞き、一人で納得するルーテ。
「こいつ……ミネルヴァが止まれって言っても聞いてくれなかったです……助けて欲しいのですママ……!」
「中ボスですからね。仕方ありません」
ミネルヴァのお願いに対しては、そう返事をする。
「――てめえら何の話をしてやがる? 俺に許可なく口を開くな!」
子供達の会話に痺れを切らしたノックスが大声で怒鳴った。
「むぐぐ…………!」
ミネルヴァは震えあがり、両手で自分の口元を覆う。
(――つまり、イリアは全ての人間を攻撃してはいけない中立のNPCと認識しているわけですね。……それなら、どうにかして敵対させてあげる必要がありそうです)
一方、ルーテは捕まっているイリアに攻撃してもらう方法を考えていた。
「る、ルーテさま……」
「大丈夫です。とりあえずはあの人の指示に従いましょう」
怯えるセレストのことを宥めるルーテ。
「では、僕は一体どうすれば良いのですか?」
それから、ノックスに向かって問いかけた。
「悪いが、そこの嬢ちゃんは解放できねえんだ。まだ身代金を受け取ってねえからな。……嬢ちゃんを残してお前だけ前に出てこい、クソガキ」
「分かりました」
要求された通り、一人で前へ歩み出るルーテ。
「念のため確認しておく。てめえが一人で俺の仲間をヤッたのか?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。経験値――じゃなくて、悪さができないよう動けなくしただけです。殺してはいません」
「殺してなかろうが、てめえは十分脅威的だぜ」
ノックスはにやりと笑って続けた。
「――危ねえガキはミンチにしてやらねえとな」
「…………っ! 逃げてっ!」
青ざめた顔で叫ぶイリア。
「動いたらこいつを殺すぜ」
「はい。承知しています」
「大岩よ押し潰せ、サクスム!」
ノックスが唱えると、巨大な岩石がルーテの頭上に出現する。
「だめッ! お願い逃げてッ!」
「僕は大丈夫ですよ。イ――」
全て言い終わる前に岩石が勢いよく落下し、ルーテのことを下敷きにした。
「いやああああああああああああああっ!」
少女達の悲鳴が坑道内に響き渡る。
「…………さてと、厄介者の始末は済んだことだし……用済みのてめえらはどうしてやろうか?」
危険なルーテの排除に成功したノックスは、余裕綽綽とした表情でイリアとミネルヴァのことを値踏みし始める。
「集めてた宝石は全部貰うとして……身体は適当なとこに売り飛ばしゃいいよな。安心しろよ。てめえらはなかなかの上玉だ……それなりの値段になると思うぜ」
「がぶッ!」
刹那、ミネルヴァがノックスの手に思いきり噛みついた。
「いってえッ!?」
「きゃんっ!」
大きく腕を振り、ミネルヴァのことを吹き飛ばすノックス。
「……水流よ押し流せ、フルーメン」
「あ?」
その隙に、静かに激怒したイリアが魔法を唱えた。
次の瞬間、地面から勢いよく吹き出した水がノックスを打ち上げる。
「うおおおおぉっ?!」
「
すかさず次の詠唱を完了させ、水浸しのノックスに向かって雷撃を放つイリア。
「ぐああああああああああッ!?」
感電し絶叫するノックス。
しかし、イリアの攻撃はまだ終わらない。
「炎よ燃えろ、フランマ」
今度は巨大な火柱が上がり、ノックスの全身を包み込む。
「がああああああああああああああッ!」
「風よ吹き荒れろ、ウェントス」
続けてイリアが唱えた風魔法によって、炎の勢いがさらに増す。
「フルメン、フランマ、ウェントス」
それでも一切手を緩めることなく、威力の増す順番で詠唱を繰り返すイリア。
ノックスの叫び声は、その間も途絶えることなく響いている。
「いい加減耳障りよ。――大火よ焼き尽くせ、イグニ「もういいのですっ!」
いつまでも攻撃を続けるイリアを止めたのはミネルヴァだった。
「邪魔をしないで、ミネルヴァ」
「それ以上やったら死んじゃうのですっ! イリアが人殺しになっちゃうですよっ!」
「………………っ! でも……るーちゃんは……っ!」
「いいから早く火を消すですっ! ママがあのくらいで死ぬはずないのです!」
「…………水よ潤せ、リクオル」
その言葉を聞いていくらか冷静さを取り戻したイリアは、水魔法を唱えて燃え盛っていた炎を打ち消す。
「ガキ……こわい…………」
ようやく魔法から解放されたノックスは、黒焦げの状態でそう呟いて倒れた。
イリアはそんな彼のことを踏み越えて、ルーテが下敷きになった大岩へ駆け寄る。
「ルーテさまぁ……っ!」
近くにはセレストが座り込み、涙を流していた。
大岩と地面の隙間からは、夥しい量の血が流れ出している。
「いや……いやぁ……っ! うそよ……返事をしてるーちゃん……!」
錯乱し、小さな悲鳴を上げながら後ずさるイリア。
「…………はい」
――しかし次の瞬間、大岩が真っ二つに割れて中からルーテが出てきた。
「え……?」
「…………痛いです。……前々から思っていましたが……ゲームに痛覚を実装するのは正気の沙汰とは思えません……!」
ルーテは血だらけの頭を押さえながら、若干涙目になって言う。
「るーちゃん………?」
「――ごめんなさい。まさかイリアがここまで徹底的にやる子だとは思っていませんでした……。だから攻撃を躊躇っていたんですね」
「だ、だって……怒ると何も考えられなくなってしまうから……」
「……流石は主人公の器です。今度一緒に手加減をする練習をしましょう」
苦笑いしながらそう提案するルーテ。彼女だけは怒らせてはいけないことを、改めて理解するのだった。
「ど、どうして無事なのルーテさま?」
するとその時、セレストが驚いた様子で聞いてくる。
「ゲームシステム的に、レベル32の耐久力があればこの程度の魔法は耐えられます! ……思っていたよりもずっと痛かったですが」
「ほ、本当に大丈夫なの……?」
「はい!」
元気よく返事をするルーテだったが、その後すぐにふらつき始めた。
「しっかりしてっ! るーちゃん!」
大慌てでそれを支えるイリア。
「やっぱり……ちょっと大丈夫じゃないのかもしれません……」
「るーちゃああああああん!」
「……………………あれ?」
再び頭を強く打ったルーテは、また以前と同じように何かを思い出せそうな感覚に陥る。
(そういえば……このゲームって……)
――そして、ゆっくりと意識を失うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます