第30話 夢見る少女セレスト
「……………………?」
どこからともなく声が聞こえてきた事を不思議に思い、周囲を見回すルーテ。
「んーんーんー!」
すると、体を縄で縛られた少女が自分の足元でゴロゴロと転がっていた。
「……ごめんなさい、危うく放置してしまうところでした」
ルーテは言いながら、急いで少女の縄を解く。ついでに塞がれていた口も自由にしてやった。
「…………っぷはぁ! はぁ……はぁ……」
やっとの思いで解放された少女は、何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
(
その姿を観察して、ルーテは冷静にそう判断した。
「怪我はありませんか? 一応、治癒の奇跡で応急手当くらいならできますが……」
「……ひっぐ……!」
少女は問いかけに答えることができず、今にも泣きだしてしまいそうである。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぐすっ…………ええ。わたしは……この通り平気よ。少し危なかったけど、あなたのおかげで助かったわ……」
しかし、少女は涙を堪えて気丈に振る舞った。
「――なら良かったです!」
「ところであなた、お名前は……?」
「ルーテといいます!」
「……ルーテさま」
顔を赤くしつつ、小さな声で呟く少女。
「ルーテで構いません」
「そう……」
「はい」
無言で向かい合う二人。
微妙な空気のまま時間が流れる。
「……あのね、わたしの名前はセレスト。――セレスト・アッシュベリーよ。覚えていてくれると嬉しいわ」
「セレストさんですね! 覚えました!」
「……助けてくれてありがとうルーテさま……。わたし、とっても怖かったわ……」
そう言ってセレストは涙ぐむが、今度はどこかわざとらしさがあった。
「変な人たちに攫われて……いっぱい酷いことされて……ぐすん」
急に弱々しくふらつき、強引にルーテの肩へ寄りかかるセレスト。
「……大変でしたね。――それはさておき、僕は残りの一体を倒さないといけないのでここを離れます。その間、セレストさんは動かずじっとしていてください! モンスターに襲われてしまうかもしれないので!」
ルーテは寄りかかって来たセレストの両肩を掴んでしっかりと立たせ、足早にその場から立ち去ろうとする。
彼にとって、現在の最優先事項は経験値の獲得なのだ。
「――いや待ちなさいよっ!」
だが、ルーテは後を追いかけてきたセレストに引き止められた。
「…………はい?」
「分かるでしょルーテさま! わたしみたいなか弱い美少女が涙を流しているのよ?!」
「えっと……?」
「落ち着くまで優しく寄り添いなさいよっ!」
「えっ……」
突然豹変したセレストに困惑するルーテ。
「何よその態度は! あなたは私を救ってくれた、クールで強くてかっこよくて可憐で優しい『ルーテさま』なんだから、もっと『ルーテさま』らしく振る舞いなさいよ!」
「……よ、よく分かりません……僕は僕なので……」
「――ああもうっ! やり直しよ!」
セレストはそう言って力任せにルーテを自分の側まで引き戻し、再び目を潤ませながら肩へ寄りかかった。
「……わたし、とっても怖かったわ……変な人たちに攫われて……いっぱい酷いことされて……ぐすん」
「……………………」
どうやら、彼女は気に入る答えが返ってくるまで何度も出会いのシーンをやり直すつもりらしい。
(つまりこれは……『はい』を選ぶまで会話が無限ループする、ゲームに良くあるパターンのやつというわけですね……!)
完全に意味不明な状況だったが、ルーテは奇跡的に何が起こっているのかをそれとなく理解した。
「はい!」
「その返事は何よっ!」
「え……? 違うんですか……?」
「ぜんっぜん違うわ! まずは何も言わずに私の涙を指先でそっと拭いなさい!」
「…………はい」
仕方なく言われた通りにするルーテ。
「……そうっ! すっごく良いわ! ……そしてこう言うの『どうか泣かないで、お嬢さん。美しいあなたに涙は似合いません』ってね。――さあ、言いなさい!」
「どうか泣かないでお嬢さん美しいあなたに涙は似合いません(高速詠唱)」
「ルーテさまっ!」
「……もう行って良いですか?」
「ダメ!」
「………………………………」
ルーテはここに来て苦戦を強いられていた。
(……この言葉はあまり好きではありませんが……クソゲーですね……理不尽すぎます……)
疲れきった表情でそんなことを考えるルーテ。
「――そこまでだぜクソガキ」
だがその時、詰み状態のルーテを救済する、とある男の声が響いた。
盗賊団の首領『ノックス』が自分から姿を現したのである。
「ここに居たのね、ルーテ」
「探したです!」
「喋るなガキども。人質らしくしてろ」
しかし不運なことに、ノックスの両腕にはイリアとミネルヴァが捕まっていた。
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