第67話 半魚人化計画と無関係なサメ


「ウマかったぜ!」


 不意を打たれたノアとレアは、サメの化け物にあっさりと丸呑みされてしまった。


「ガキだと食い足りねぇけどな! シャシャシャシャシャッ!」


 サメの化け物は桟橋の上に顔だけ突き出した状態のまま、大声で笑う。


「うぅ……ここは、どこ……?」

「くらい……こわいよぉ……」


 その時、彼の腹部から双子の声が響いて来た。


「うおっ?! なんだテメェら、まだ生きてたのか!」


 サメは予想外の事態に驚き飛び上がる。


「……だが、テメェらはもうじき消化されて俺のクソになるんだ。それまでせいぜい泣き喚いてなァッ!」

「うわ……ここお腹の中なの……?」

「いやぁ……なんかべとべとする……!」


 驚愕の事実を伝えられ、露骨に嫌がるノアとレア。


「ど、どうしようノア……このままだと溶かされちゃうよぉ……!」

「落ち着いてレア。絶対にぼくが守るから」

「………………!」

「ぼくたちはまだこうして生きてる。――ここを出る方法が必ずあるはずだ」


 そう言って、怯えるレアのことを勇気づけるノア。


「……そうだよね! わたしたちなら、このくらいどうってことないよね!」

「うん。だから最後まで諦めないで」

「分かった! ――それと、ノアのことはわたしが守ってあげるね!」

「あ、ありがとう……」


「――コイツら……食われたのにまだイチャイチャしてやがる……ッ!」


 一方、強制的に恥ずかしい会話を聞かされたサメは、不愉快そうに歯軋りした。


「ちゃんとモグモグしておくべきだったぜえぇぇぇ!」


 フカヒレを桟橋にべちべちと叩きつけて暴れるサメ。


「アオォォッ! アオォォッ! アオォォッ!」

「うわあっ?!」

「きゃああっ!」

「テメェら黙れええええぇぇぇッ!」


 ――パンパンパンッ!


「………………」

「………………」


 サメに暴れられたせいで、気を失ってしまうノアとレア。


「……帰るか」


 冷静になったサメは、陸に上がって二本の足で立ち上がる。


 そして、どこかへ去って行こうとしたその時。


「――――――ッ!?」


 遥か彼方から飛んできた黒い塊が、彼の右足を撃ち抜いた。


 突然遠方から狙撃され、訳もわからずその場へ倒れ込むサメ。


「ぁ……あぁ?」

「ゥおシァわク、ェまダュてばトヲもドク」


 彼が意識を手放す直前に見たのは、訳の分からないことを呟きながらふわふわと近づいてくる巨大なクラゲだった。


 *


 へスペリアの領主は、決して人前に姿を現さない。


 病弱なは、大半の時間を広大な屋敷の最奥部にある寝室で過ごしているのである。


 今日は彼女の寝室に来客があった。


「御機嫌よう、オトヒメ様」


 眼鏡をかけた胡散臭い男――第七セプティムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“虚言”のファンは、すだれの向こう側へお辞儀をする。


「……それは、わらわの気分が常に優れないことを知った上での挨拶か? つくづく嫌な男だ」

「おや, これはまた随分なご挨拶ですね。痛み入ります」

「失せろ」

「そんなことをおっしゃらないでください。――我々は仲間ではありませんか」

「……………………」


 二人の間に不穏な空気が立ち込め始めた次の瞬間。


 突如として部屋の扉が開け放たれ、サメが滑り込んできた。


「な、何事ですか……?」


 あまりにも意味不明な事態に、動揺するファン。


 すると今度は、異様に背の高い女がぬっと部屋の中へ入ってきた。


「ァてアまクつ、ェまス」

「おお、そうか。ご苦労だったな」


 何かを報告した女に対して、労いの言葉をかけるオトヒメ。


「………………」


 女は何も言わず、隈のできた目で近くに居たファンのことを凝視する。


「な、何でしょうか?」

「ェヌせでィクんエチーぁふおュく」

「は…………?」


 彼女の名はジェリー。クラゲの姿を持つ半魚人マーマンである。


「彼女は何と……?」

「本人から聞け」


 オトヒメは、困惑するファンを冷たく突き放す。


「ェヌせでィクんエチーぁふおュく」


 ファンに向かって何かを言うジェリー。


「聞いたところで、これとまともに会話が成立するとは思えませんが……」


 彼女の話す言葉は、オトヒメ以外誰にも理解できないのである。


「今日はいい天気ですね」

「普通に話せるんかい」


 ――しかし、普通に話すこともできる。


「ミッションコンプリートだ」


 それからすぐ、ジェリーよりも更に背の高い痩せぎすの男が、窓ガラスを開けて部屋の中へ転がり込んできた。


「漆黒の大顎は、この漆黒の魔弾によって射貫かれた」

「お主もご苦労だったな」

「漆黒の感激」


 男の名はスクイード。イカの姿を持つ半魚人である。


「漆黒のメガネ」


 スクイードは、ファンの方を見て呟いた。


「こいつは何なんですか……」

「漆黒の狩人」

「あなたの部下はまともに会話出来ない方ばかりですね……」

「汝、漆黒の洗礼を受けよ」


 疲れ気味のファンに向かって何かを言うスクイード。


 彼の話す言葉は、オトヒメ以外誰にも理解できないのである。


「念のため聞いておきますが……あなたは普通に話せないのですか……?」

「俺を馬鹿にするな」

「話せるんかい」


 ――しかし、普通に話すこともできる。


「……一応、貴様にも紹介してやろう。こやつらは『不可視』のジェリーと『透視』のスクイード。二人合わせて、暗殺コンビ“シースルー”じゃ」

「お笑いコンビの間違いでは?」

「二人とも、自由にしてよいぞ」


 オトヒメに呼びかけられたジェリーとスクイードは、近くの椅子に向かい合って座り、白と黒の石を使うボードゲームで遊び始めた。


「漆黒に染める……」

「ゥたカギさタをムおュク」


 彼らは基本的にフリーダムなのである。


「……そして、そこのサメはわらわの町を荒らしていた不届き者じゃ。世にも珍しい天然モノの半魚人なので、研究のためこうして捕まえた」

「うげえええぇ……」


 力なくビチャビチャと跳ねるサメ。わずかに意識を取り戻しているようだ。


「ほう……半魚人マーマンを自由に生み出すことができる貴女が、これ以上何を研究しようと言うのですか? 実に興味深い」

「……少し話し過ぎたな。お主には関係のないことじゃ。首を突っ込むな」

「…………まあ良いでしょう、余計な詮索はしません。――計画さえ成功すれば、この地の人間は全て我々の意のままに動く半魚人となるのですから……クククッ」

「もう始めるつもりか?」

「ええ、今夜にでも実行させてもらいますよ」

「……好きにしろ」


 オトヒメの言葉を聞き、不敵に笑うファン。


「この計画が成功すれば、貴女にとっても――」

「……うげええええッ!」


 その時、ぐったりしていたサメが不意に嘔吐し、口からノアとレアがヌルリと飛び出した。


「ォもドク」

「漆黒の内容物」

「あぁ……そんな、まさか……!」

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