第66話 驚愕! サメ人間


 ――時は遡り、ルーテが冒険者ギルドへ突入し、ミネルヴァが美味しそうな匂いに釣られてその場を離れた直後のこと。


「二人とも行っちゃったね」


 置き去りにされたレアは、冒険者ギルドの壁に寄りかかって言った。


「ええと……それじゃあ、ぼくはルーテお兄さんの様子を見てくるから、レアはミネルヴァお姉さんのことをお願い」


 ノアはそう言い残し、ルーテのことを追いかけて冒険者ギルドの中へ入って行こうとする。


「まってよ、ノア!」


 しかし、レアに引き止められてしまった。


「…………え? なに?」

「本当に分からないの?!」

「う、うん」


 レアの問いかけに対して、困惑した様子で頷くノア。


「あのね、ルーテお兄ちゃんとミネルヴァお姉ちゃんは、気をつかってわたしたちのことを二人っきりにしてくれたんだよ!」

「そ、そうかなぁ……?」

「そうなの!」

 

 大きな勘違いをしているレアはそう断言した後、顔を赤くしながら続ける。


「で、でね、その……わたしは……海をもっと近くで見てみたいな……って思うんだけど……」

「……半魚人でも探すの?」

「ち、違うよっ! ……ノアといっしょに海が見たいのっ!」

「そ、それって……!」


 だんだんと状況を理解し始めたノアの顔も、みるみるうちに赤くなっていった。


「だ、だめ……?」

「…………い、いや。せっかくこんなに遠くまで来たんだし、ぼくももっと近くで海を見てみたいな。……いっしょに行こ、レア」

「……! うんっ……!」


 かくして、二人はぎこちないやり取りの末、海の近くへ行くことになったのである。


 *


 それから、ノアとレアは冒険者ギルドを離れ、へスペリアの港にある桟橋までやって来ていた。


 付近に人影はなく、二人きりである。


「半魚人いるかな……?」


 そう言って、桟橋から少しだけ身を乗り出し、海の中を覗き込むノア。


「あ、あんまり近づいたら落っこちちゃうよ?」


 不安になったレアは、咄嗟にノアの手を掴む。


「あ、ありがとう」

「う、うん。気を付けてね……」


 そんな会話をしたきり、二人は完全にのぼせ上って黙り込んでしまった。


「………………!」

「………………!」


 お互いに意識しているせいか、手を繋いだだけでドキドキして何も話せなくなってしまったのである。


「…………」

「…………」


 しかし、心地よい潮風と静かな波の音が、二人の心を徐々に落ち着かせていく。


「海……綺麗だね」


 やがて、レアが沈黙を破って言った。


「……うん」


 それに対して、ノアは小さな声で返事をする。


「…………ねえ、ノア」

「どうしたの?」

「なんで……いつも悲しそうなの……?」

「え……?」


 レアは、困惑しているノアの手を強く握りしめた。


「――ずっと、神父さまのこと考えてるんでしょ……?」

「………………」

「わたしとノアは二人で一人だよ。……だから分かっちゃうの」


 彼女の前では、本心を偽ることなど出来ない。


 やがて、ノアは観念した様子でこう答えた。


「……そうだよ。神父さまを殺して、レアのことまで巻き込んだぼくが……幸せになって良いのかなって、ずっと考えてるんだ。――本当は、人を殺したら自分の命で償わないといけないのに……」

「…………じゃあ、ここで一緒に飛び込む……? こ、怖いけど、ノアといっしょなら、わたしそれでもいいよ……!」


 レアは震え声で話しながら、ノアの目をじっと見据える。


「レ、レアは何も悪くない! 絶対に死んじゃだめっ!」

「だったらノアだって何も悪くないよっ! だって、最初に酷いことしてきたのは神父さまだもんっ!」


 そう言われたノアは、静かに俯いた。


「だから……どうしたらいいか分からないんだ……。ぼくはどうなっても良いけど……レアには生きてて欲しい……」

「良くないよっ! わたしはノアといっしょじゃないと嫌なのっ! ――いっしょなら……なんでもいいの……!」

「レア……」

「ずっとそう言ってるのに……どうして分かってくれないの……っ!」


 レアは、今にも泣き出してしまいそうである。


「ノアは……わたしといっしょはいや……?」

「そ、そんなことない! ぼくも……レアといっしょが良い……!」

「じゃあノアもちゃんと生きて……!」

「…………うん。分かった」


 ルーテの家出作戦が功を奏し、二人の悩みは自然に解決しつつあった。


「ごめんね、レア……」

「悪いと思ってるなら……き、きす……して。遊びじゃなくて……おとなのやつ……!」


 レアはそう言って、ぎゅっと目を閉じる。


「…………ん!」


 そして、前のめりに顔を突き出した。


「……ごくり」


 突然の要求に、思わず唾を飲み込むノア。


 しかしその時――


「シャアアアアアアアアアアアアアアッ! 海辺でイチャイチャするカップルは全員俺のおやつだぜぇーーーーーーーーーッ! マセガキいただきィッ!」


「きゃあああああああああああっ?!」

「わああああああああああああっ!?」


 突如として海の中から飛び出したサメの化け物が、二人に襲いかかってきた!!!!

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