第55話 二年後


 ――手違いでノアとレアを連れ帰ってから二年と数月の時が流れ、ルーテは十一歳になった。


 つまり、あと一年と少し経つと例の大災害が発生してしまうということである。


 しかし、それでもルーテは変わらずに日常を送っていた。


 正確には、孤児院が豊かになりすぎて寝室が二人につき一部屋割り当てられるようになったり、とある理由から朝の日課を「ウォーキング読書」から別のものに変更したりと色々変化しているが、彼の心持はあまり変わっていない。


「ふわぁ……朝です!」


 いつものように目を覚ましたルーテは、勢いよく『高級なベッド』から起き上がり、ルームメイトであるマルスを起こさないよう、静かに部屋の外へ出た。


 ――現在の孤児院の資金力があれば子供一人に一部屋を与えられるが、『お互いに助け合うことを学んで欲しい』というシスターの教育方針により、このような形となっている。


(先生の言うことですからきっと深い意味があるのでしょうが……一人一部屋が良かったです!)


 その点に関して、ルーテはやや不満に思っていた。


(スライムを自分の部屋でこっそり飼ってみたかったなぁ!)


 しかし、彼に自分だけの部屋を与えても碌な事にならないので、シスターの方針は正しい。


 部屋を後にしたルーテは、シスターや他の子供達に見つからないよう注意しながら螺旋階段を駆け降り、少しだけ道に迷ってから正面玄関へと辿り着いた。


 何度も増築を繰り返した孤児院は、迷宮のような構造になってしまったのである。


「やっと出口に到達しました。ゲームクリアですね……!」


 額の汗を拭いながら扉を開けると、そこから日の光が差し込んできた。


「今日もいいグラフィックです!」


 ルーテは眼前に広がる草原を眺めながら、いつものように呟く。


 そして『魔物サンドバッグ道場』へと向かうのだった。


 *


 魔物サンドバッグ道場は、もぬけの殻となった『常夜ニクスの隠れ家』を改造して作られた新しい施設だ。


 このダンジョンの中には現在、アッシュベリー商会が販売している冒険者用の便利アイテム『女神の籠』による結界が設置されている。


 ふざけた名前だが、ダンジョン内に存在する魔力に満ちた特定のポイントでこのアイテムを使用すると、周囲に結界が展開され、体力を回復させられる休憩所を作り出すことができるのだ。


 結界の効果は、中に人がいる限り持続する。女神の聖なる加護があるため、モンスターは決してこの結界を通り抜けることが出来ない。


 ――となると、種族が人間のモンスターを中に閉じ込めれば、殺さずに永久保存できるのでは?


 そう思ったルーテは一年ほど前、元『盗賊見習い』であるゾラをこの地にある特定のポイントへ呼び出し、結界を展開させた。


 実験は成功し、ゾラは見事に結界の中へ閉じ込められてしまったのである。めでたしめでたし。


 ……とはならず、ゾラを解放した後でものすごく怒られた。


 罰として、ルーテは一ヶ月ほどゾラの言うことを何でも聞かされる下僕になったのだった。


(い、嫌なことを思い出してしまいました……)


 結界が張られた部屋の前までやって来たルーテは、冷や汗を拭う。


 ――現在、結界の中には三体の人型モンスターが収容されていた。


「たのもー!」


 堂々とそう宣言しながら、部屋へ足を踏み入れるルーテ。


「死ねええええええええええええええええええッ!」


 すると、扉の横で待ち伏せしていた一体のモンスターが叫びながら彼に殴りかかって来た。


「ごふっ!」


 その攻撃をまともに喰らったルーテの身体は回転しながら勢いよく吹き飛び、石壁にぶち当たる。


「はぁ、はぁ、殺してやる…………生皮剥いで野晒しにしてやる……ッ! 簡単に死ねると思うなよおおおおォッ!」

「……うぐ……今日もよろしくお願いします、トワイライトさん! ――良いパンチでした!」


 ルーテはむくりと起き上がり、口元の血を拭って言った。


 ――彼が捕らえた三体のモンスターそれぞれの名は、盗賊団の首領『ノックス』、白衣の殺し屋『ホワイト』、慈悲なきシスター『トワイライト』である。

 

 三人は監獄から脱走してアジトへ戻り、報復の計画を練っていたところで、不運にもルーテに発見されてしまったのだ。


「ひ、ひひひひ! あ、あの悪魔みてぇなクソガキを袋叩きにして、拷問して、ここから出る方法さえ聞きだせれば……それで済む話のはずなんだッ! どうしてそれができねェ! クソオオオオッ!」


 頭を掻きむしりながら叫ぶノックス。彼は、既に正気を失っていた。


「ああ……天使だ……! 天使みたいな悪魔が……今日も僕を滅茶苦茶に壊して、僕に滅茶苦茶に壊されに来てくれたぁ……!」


 ホワイトは元からおかしい。


「全員まとめてかかって来てください!」


 ルーテは毎朝、ここでひたすら彼らを相手に殴り合いをしてレベル上げを行なっているのだ。


 ちなみに、ルーテが三人のことを拘束していない理由は、自らも殴られることで耐久を上げ、痛みに対する耐性を付ける為である。


 魔法や武器を使用することが出来ないこの結界の中で、お互いに回復しながらひたすらに殴り合い、魔物をサンドバッグにしたり魔物のサンドバッグになったりして、延々とレベルや能力値を上げ続ける。


 その為の施設が、『魔物サンドバッグ道場』なのだ。

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