外伝5 まだ見ぬ経験値たち


 真っ暗な空間に、白い無機質な円卓がぽつんと置かれている。


 そこへ一人の人間がやって来て、十ある長椅子の一つに腰掛けた。


 彼は“虚飾”のイクリール。第九ノーヌス紅蝠血ヴェスペルティリオである。


 イクリールは眉間にしわを寄せ、心底退屈そうな表情で頬杖をつく。


「おやおや、私が一番乗りかと思ったのですが……どうやら先客がいらしたようですね」


 その時、どこからともなく声が聞こえ、円卓に二人目の人間――丸眼鏡をかけた長身の男が姿を現した。


「下郎、貴様ごときが余の先を越せると思うなよ」

「これはこれは……様の有り難いお言葉、痛み入ります」


 丸眼鏡の男は第七セプティムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“虚言”のファン。


 イクリールとは犬猿の仲である。


「序列は強さを表すものではない。巫山戯ふざけた口を利くと瞬きするに貴様の首が飛ぶぞ?」

「では、どちらの首が先に飛ばされるか……今すぐ試してみますか?」

「ほう……」


 刹那、二人の体から飛び出した何かがぶつかり合った。


「――ちょっと、やめなさいよ。くだらない同士討ちなんかで席を開けるつもり?」


 すると、今度は紅いドレスを身に纏った女性が暗闇から姿を現す。


 彼女は第五クイントゥス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“不義”のシャウラだ。


「無駄な争いはよせ。我々が同志であることを忘れるな」


 続いて現れた巨漢は、第十デキムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“鏖殺”のギルタブリルである。


「貴様らと馴れ合うつもりはない。利用価値が無くなれば捨てるだけだ」

「その割には一番乗りで来ちゃって、随分と張り切ってるじゃない?」

「……一番乗りは陰からこそこそと見ていた貴様だろう? 女」

「あら、バレてたの」


 シャウラは妖艶な笑みを浮かべながら長椅子に腰掛けた。


 その瞬間、轟音が鳴り響き円卓の中心に太った男が吹き飛んで来る。


「な、何事だジュバ!」


 ギルダブリルは、周囲を警戒しながら太った男――第四カルトゥス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“暴食”のジュバに問いかけた。


「オ……オデ…………ハラヘッタ……」

「そいつ、ボクのこと食べようとして来たんだけど? ほんと何考えてんの? 最ッ悪だよ」

 

 怒りに満ちた表情で現れたのは、ソックスガーターを身に付けた貴族風の少年――第三テルティウス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“貪婪”のグラフィアスである。


「オマエ……オイシソウダッタ……」

「もういい。――死ね」


 グラフィアスは円卓に飛び乗り、ジュバの頭を踏みつけて言った。


「やめなさい。お行儀が悪いわよ?」

「オバさんは黙っててよ。先に手を出して来たのはコイツなんだからさぁッ!」

「あんたねぇ……死にたいの?」


 呆れ果てた様子でため息を吐くシャウラ。


「まったく、血気盛んな方々ばかりで困ってしまいますよ」

「下郎、貴様もだぞ」

「はて、何のことやら」


 ファンとイクリールの間には、再び不穏な空気が漂い始める。


「――そこまでにしたまえ」


 その時、円卓に青年の声が響き渡り、空気が一変した。


「グラフィアス、ジュバ、話し合いは席に座ってするものだ。そんな場所に居てはいけないよ」

「…………………ッ!」

「オデ……ス、スワル……!」


 遂に現れた第一プリムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“畏怖”のオリオンに諭された二人は、逃げ出すようにして席に座る。


「もう全員揃ったかな?」

「いや、レオと……アクラブとサルガスがまだだ」


 ギルダブリルは円卓を見回して答えた。


「アクラブならそこに居るよ」

「なにッ?!」


 オリオンが指差した先には、不気味な怪物の仮面を付けた人間が腕を組んで座っている。


「い、いつの間に……!」

「………………」


 一言も言葉を発さない、怪しげな人間。


 彼こそが、序列二位セクンドゥム、“安寧”のアクラブだ。


「俺も居るぜ。いつもよりかは早く来たつもりなんだが……テメェら暇なんだな」


 続いて、序列六位セクストゥム、“掠奪”のサルガスも現れ、椅子に座って円卓に足を乗せた。


「となると……残るはレオだけか。あいつが最後とは珍しい」

「彼は死んだよ」

「何だとッ?!」


 オリオンの言葉に驚愕し、身を乗り出すギルタブリル。


「へぇー、あのザコ死んじゃったんだー」

「口を慎めグラフィアス! 我が友を侮辱するのは例えお前であっても許さんぞ!」

「だって本当のことじゃん。――でも誰に殺されたの?」


 グラフィアスは、オリオンに問いかける。


「残念ながら分からない。……今日はそのことで君たちを呼んだんだ」


 そう言って腕を組むオリオン。


「それじゃあ、次の序列八位を決めるのかしら?」

「その件についても……後ほど話そう。まずは、レオ・オクルスの仇を討たなければいけないからね」

「あら……その言い方だと……」

「君の考えている通りだと思うよ、シャウラ」


 それから、オリオンはこう続けた。


「――――この中に、レオ・オクルスを葬り去った裏切り者が居る」

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