外伝1 盗賊見習い
推奨レベル5のダンジョン『イサラの森』の奥地には、『
彼らは、森の奥にひっそりと佇む放棄された砦を住処として再利用しているのである。
その隠れ家の一角から、男の怒声が聞こえてきた。
「おらッ! 早くしろッ!」
「は、はいぃっ!」
赤髪の少年は太った大男に尻を蹴飛ばされ、悲鳴のような返事をする。
少年の名前はゾラ。盗賊団の新入りだ。
といっても彼は、盗賊相手にスリをしようとして殺されそうになり、命だけは助けてもらう代わりにタダ働きさせられている不幸な少年である。
「はぁ……はぁ……よいしょっと」
ゾラは男に急かされ、慌てて盗品の詰め込まれた木箱を持ち上げた。
幾つもあるこれを、倉庫として利用している地下室へ運び込むのが彼の仕事だ。
しかしほとんど休ませてもらえないので、既に限界が近かった。
「…………おかーさん……」
ゾラは消え入るような声で母のことを呼ぶ。
――彼の父親は誰なのか分からず、母親は数年前に病気で死んでしまった。
幼くして天涯孤独となったゾラに、逃げる場所などない。
このまま死ぬまで盗賊団にこき使われ、最後はコボルトの餌にされる運命なのだ。
(いっそ死んじゃえば……向こうでまた会えるかな……)
ゾラはぼんやりとそんなことを考えて現実逃避する。
「――――あっ」
しかしその時、突然何もない場所でつまづき、勢い余って木箱の中身をばら撒いてしまった。
「わあぁぁっ?!」
ゾラは辺り一帯に散らばった金品を必死でかき集める。
「…………おい」
その背後に男が迫っていた。
「え、えへへ……。す、すみません……その、やっちゃいました…………」
ゾラは口元で笑いながらも、怯えた目つきで大男の方を見る。
「テメェ……!」
「ひ、ひぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいぃっ!」
その場でうずくまり必死に謝罪するゾラ。
「こんなことも碌にできねェのかァ? このクソガキがよォ!」
大男はそんな彼の背中を何度も何度も蹴りつけた。
蹴られる度に、ゾラは押し殺したようなうめき声をあげる。
「うぅ……っ」
毎日のように色々な盗賊から暴力を振るわれているゾラだったが、それでも痛みに慣れることはなかった。
――盗賊団が荒れているのには理由がある。
最近は、近隣の町の警備が厳重になり、以前と比べて盗みが成功しづらくなってしまったのだ。
最も非力で弱い立場のゾラは、盗賊達にとって都合の良い不満の捌け口だった。
「オラ、さっさと立ちやがれッ!」
大男はそう言いながら、髪を引っ掴んでゾラを無理やり立ち上がらせる。
「ッたく、テメェは本当に役立たずだな」
「ご、ごめんなさい……」
「そもそもテメェが俺たちの仲間になりたいって言うから生かしてやってんだ。……役に立たねぇなら……アイツらの餌にするしかねェよなァ?」
「あぅぅ……」
ゾラは身震いする。以前に一度だけ、重大な失敗をした盗賊がコボルトの餌として処分される所を見てしまったことがある。
丸裸にされて、お腹を空かせたコボルトが居る檻の中へ放り込まれるのだ。
あんな風になるのは嫌だった。
「あ、あの、ボクもっと頑張りますっ! だ、だから――」
「うるせェ!」
「ひっ……」
「口では何とでも言えんだよ! 荷物すらまともに運べねェような奴を一体どうやって使えば良いんだ? 餌になりたくねェんだったらちゃんと役に立てよあァん?」
「は、はぃ……」
ゾラは身体じゅうの痛みを堪えながら、弱々しい声で返事をした。
「……まァ、使えねェクソガキのお前には無理な話か! ッたく、親の顔が見てみたいぜ!」
「………………!」
「ああ悪りィ、もう死んじまってんのか!」
そう言ってガハハと笑う大男。
「………………」
ゾラは何も言わなかった。
「おいおい、何だよその目は? せっかく俺が面白いこと言ってやったんだからテメェも笑えよ! ほら命令だ。いつもみたいにヘラヘラ笑え!」
「…………はは」
大男に命令され笑顔を作って見せるゾラ。
「――役になら……立てますよ……」
「あァ?」
そして次の瞬間、ゾラは張り付いたような笑みを浮かべたまま、身につけていた衣服を少しずつ脱ぎ始めた。
「お前……何してんだ?」
その様子を見ていた男は、驚いた様子で問いかける。
「や、役に立ってやるって……言ってんだよ……!」
「……自分から餌になりに行くのか?」
「違う! その……ボクは、本当は…………」
ゾラが何かを言いかけたその時。
侵入者の存在を知らせる角笛が吹かれた。
「な、何だッ?!」
突然のことに動揺する大男。
――そしてそれからすぐ、付近で大きな爆発が起こるのだった。
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