第43話 悪魔と訓練された仲間達
「だ、誰っ?!」
ゾラは咄嗟に姿勢を低くして辺りを見回すが、声の主の姿はどこにもない。
「ここだぜえぇ? よぉく探してみなぁ?」「我々は逃げも隠れもしませんよ。あなた方のような下等生物と違ってね」
「――見てください! あそこです!」
ルーテが指差した先は、屋根の上だった。
「あったりいいいいぃぃ!」「ふむ……下等生物にしてはよく見つけたと褒めてあげましょう」
そこに立っていたのは、一人の人間だ。
漆黒の衣服に身を包んだ、赤い瞳の青年である。
「え……何あの人……きもちわる……」
その姿を見たゾラは、思わず嫌悪感を露わにした。
なぜなら、青年の右半身と左半身がそれぞれ独立しているからである。
正確にいうと、右半身が常に落ち着き無く動き回っているのにも関わらず、左半身は微動だにしないのだ。
まるで、右と左にそれぞれ別の人間が入っているかのようである。
「………変態の不審者だ!」
マルスは青年を指さし、目を輝かせながら断言した。
のどかな孤児院で育った彼にとって、こういった手合いの者は非常に珍しい存在なのである。
「すげー! 俺初めて見たよ!」
「……先生の所には、たまにああいった者が現れるのだ。――皆で人を呼んで来よう。変態に近づいてはならぬぞ」
明丸は慣れた様子で説明し、家の門の近くまで走って行って皆を手招きする。
「こっちだ、急げ」
「――おいおい待てよぉ。てめェらはもう俺らの罠にかかってんだぜぇぇ? 逃げられるワケねぇだろぉ?」「君達はもう、一人ずつ悲鳴を上げて泣き叫びながら、我々に
男が言ったその時、突如として空が暗くなった。
「――――
辺りは異様な空気に包み込まれ、門の扉が勢いよく閉まる。
「うわッ?!」
外へ出ようとしていた明丸は、見えない何かに弾き飛ばされてしまった。
「明丸っ!」
ルーテは急いで彼の元へ駆け寄り、助け起こす。
「大丈夫ですか?!」
「……この感じ、私が無理やり着させられた浴衣の呪いと同じ類のものだぞ……!」
「――――いや、着たのは自分からですよね?」
「……今はそんなことどうでも良いだろうルーテ! 奴は怪しげな呪術で私達を閉じ込めたのだ! ただ者ではない!」
必死に話しを逸らそうとする明丸だったが、ルーテは止まらなかった。
「……僕には一つだけ不思議なことがありました。あの浴衣が女性専用装備なのであれば、そもそも明丸に対して効力を発揮するのはおかしい。男の子の明丸は、好きなだけ女装を楽しんだ後で問題なく呪われた浴衣を脱ぐことが出来たはずなのです。……しかし、そうはならなかった。つまりですね、明丸はより女装を楽しむ為にわざと魔力を消費して女の子に――」
「おのれ……貴様、何者だッ!」
明丸は大声で怒鳴りながら青年を睨みつける。その目には涙が浮かんでいた。
「てめェらに名乗る名前なんてねェんだよォ!」「食物は無駄な知恵など付けず、ただ従順にその身を差し出せば良いのです!」
――刹那、青年はルーテ達四人の中心に飛び降りる。
「狩りの時間だぜぇ」「食事の時間です」
そして二つの声が同時に響いた。
「ガアアアアアアあああぁぁぁぁッ!」
次の瞬間、彼の頭の皮がぼとりと剥がれ落ちる。
首無しとなった男は地面に両手をつき、全身を獣のような姿に変形させ始めた。
蝙蝠のような黒い翼が、背中から突き出す。
そして、首からは獅子のような頭が、新しく二つ並びで生えてきた。
(キマイラクローンの頭を増やしただけの使い回し……! こんなモンスター、見たことありません!)
前世の記憶を辿っても正体が分からず、攻撃して良いのか戸惑うルーテ。
「ひえぇ……こいつ、喋るのに魔物じゃん……!」
恐れおののくゾラだったが、緊張感はあまりない。
「……じゃあ、遠慮なく攻撃して良いってことだよな?」
「むしろ駆除しないとダメでしょ! 放っておいたら危ないよ!」
「……ならば武器を取って来よう。そなた達は足止めを頼む」
明丸はそう言って、変形中の魔物を無視して家の中へ駆け込んでいった。
「おいルーテ。お前の大好きな魔物だぞ? なにぼーっとしてんだ?」
「……そうですよね? 魔物ですよね? 経験値ですよね?」
「当たり前だろ? ――こんな人間いねーって。……喋ってたけど」
マルスの言葉に納得するルーテ。
「――分かりました。それなら、陣形Dからの時間差魔法攻撃でいきましょう! 二人とも魔力は残っていますか?」
「初級魔法なら、あと一、二回くらい撃てると思うぜ!」
「ボクもだいたいそんな感じ」
魔物は変身中であるのにも関わらず、あっという間にルーテ達三人に取り囲まれた。
「グオォッ……何でだ……このガキども……どうして俺の姿を見てもビビらねぇ……!」「クッ……生意気なガキどもですねぇ……魔法を使えるなどと……くだらない嘘を……!」
獲物からの反撃を予想しておらず、大いに動揺する魔物。
彼らは子供達の強さを見誤っていた。
マルスもゾラも明丸も、ルーテの奇行に付き合わされ続けたせいで、既に何度か死線をくぐり抜けているのである。
「大地よ突き上げろ、モンス!」
――ゾラの詠唱により周辺の地面が隆起し、魔物は一瞬にして岩壁の中に閉じ込められた。
「グアぁッ?! ほ、本当に使って来やがったぞ?!」「で、ですが……この程度の低級魔法など……」
「遠雷よ曳き鳴らせ、オルガヌム!」
続いてマルスが容赦なく雷魔法を唱え、岩壁の内側を攻撃する。
「がああああああああああああッ!」
魔物の絶叫は、内部で発生した雷の轟音によって掻き消された。
「地獄の業火よ、絶えず罪過を燃やし続けろ――カロル」
そして、ルーテは一切の躊躇なく強力な炎魔法を詠唱し、中の魔物を消し炭にしようと試みる。
「――まだ足りません! 火力支援をお願いします!」
「風よ舞え、アウラっ!」
「火花よ散れ、シンティラッ!」
最後にゾラとマルスが同時に魔法を唱え、岩壁ごと爆発させた。
「もうムリ……ボク……ぜんぶ出し切った……!」
「俺もだ……!」
魔力を使い切った二人は、疲れ果ててその場で膝をつく。
「ア……グぅッ……クソガキどもがァ……!」「少々……おいたが過ぎましたねェ……ッ!」
――しかし、魔物はまだ生きていた。
爆煙の中から姿を現し、一番強力な魔法を放ったルーテのことを睨みつける。かなり深手を負っているが、まだ動けるようだ。
(良かった、ヘイトはこちらに向いているようですね! ……それにしても、このHPの多さ……この人は間違いなくボスモンスター級です……!)
「ぶっ殺してやる……皆殺しだ……ッ!」「殺す殺す殺す殺すッ!」
魔物はルーテに物凄い憎悪と殺意を向けてくる。
「持ってきたぞルーテ。受け取れっ!」
その時、縁側から姿を現した明丸が、ルーテに向かって木刀を投げた。
「まったく、そんなことをしたら師匠に怒られてしまいますよ?」
ルーテは言いながら、飛んできた木刀を咄嗟に右手で掴んだ。
「遅くなって済まない。皆、怪我はしていないか?」
明丸はルーテの隣に並び、木刀を構えて問いかける。
「はい! マルスとゾラは魔力を使い切ってしまったのでもう戦えませんが……」
「あそこまで手負いに出来たのであれば上出来だ。あとは私とお前でどうにかなる……だろう?」
「そうですね! ――情報を聞き出したいので、なるべく殺してしまわないようにしましょう!」
「承知した」
それから二人は≪
「ふざけるな……そんな棒切れごときでどうするつもりだァッ!」「我々も随分と舐められたものですねェ……ッ!」
雄たけびを上げ、最後の力を振り絞ってルーテ達に飛び掛かる魔物。
「キエエエエエエエエエエエエエッ!」
これは魔物ではなく、明丸の≪咆哮≫である。
「命乞いしてもおそいぜえええええッ! もう楽に死なせてやらねえからなあああッ!」「生かしたまま指先からゆっくりと味わって差し上げますッ! せいぜい泣き喚きながら頑張って命乞いすることですねェッ!」
*
程なくして、魔物は使いつぶされた雑巾のようなボロボロの姿で地面に横たわっていた。
「ごめんなざい……だずげでぐだざい……」「もうじまぜん……おどなじぐひぎざがりまず……っ!」
屈辱で顔を歪めながら、懸命に命乞いをする魔物。
「なあ、ルーテ。……まだするのか? もう良いのでは……」
「まだ弱っているふりをしているだけかもしれません! もうちょっとHPを減らしましょう!」
「あははっ! ボク、これ蹴り転がすの好き! 楽しい!」
「かわいそうだけど……魔物は悪い奴だから仕方ないよな!」
それからもしばらくの間、子供達による暴力行為は続いた。
孤児院のシスターがこの光景を見たら、間違いなく卒倒してしまうだろう。
――子供は時として残酷なのである。
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