第2話 初期スキル


 明け方、ルーテは鳥のさえずりによって目覚めた。


 彼が眠っているのは、孤児院内にある男子用の寝室である。


「ふわぁ……」


 ルーテは小さくあくびをした後、勢いよくベッドから起き上がる。周囲の様子を確認すると、他の子供達はまだ眠っていた。


(……だいじょうぶそうですね)


 ルーテは枕元に置いてある本を手に取り、皆を起こさないよう静かに寝室を抜け出す。


 シスターや女子に見つからないよう注意しながらこっそりと階段を降り、正面玄関から孤児院の外へ出た。


 扉を開けると、顔に日の光が差し込んでくる。


「今日もいいグラフィックです!」


 ルーテは眼前に広がる草原を眺めながら、そんなことを呟いた。


(……そろそろレベルアップできると良いんですけど)


 軽く準備運動をした後、本を開いて読みながら孤児院の南にあるルクス村まで続く一本道を歩き始めるルーテ。


 ――あれから約二年ほど経ち、彼は現在八歳である。


 ルーテは二年の間に、この世界に関する様々な発見をしていた。


 そのうちの一つが『レベル』と『スキル』の存在である。


 ゲーム版の仕様と同じく、この二つは密接に関係していて、所持スキルに対応するトレーニングをすると自動的に経験値が入り、レベルアップする事ができるのだ。


 ルーテはデフォルトで【速歩】と【速読】のパッシブスキルを所持している。


 つまり、歩きながら本を読むのが最も効率的なレベリングの方法なのだ。


 しかし傍から見たらかなりの奇行なので、医者や祓魔師エクソシストを呼ばれないよう誰も見ていない早朝のみこの珍妙な行為トレーニングをしている。


 ちなみに、【速歩】と【速読】の効果はそれぞれ「歩行速度1.1倍」と「読書速度1.1倍」なので、ゲームのスキルとして見れば完全に死にスキルである。


 どうせ死ぬキャラなのでその程度のスキルしか貰えなかったのだろう。


(こんなに簡単なことで経験値を得られるのはラッキーです! これは有用スキルですね!)


 だが、ルーテはむしろ喜んでいた。


 *


 その日は村と孤児院の間をちょうど三往復したところで、レベルアップを知らせるファンファーレが脳内で鳴り響き、ルーテはレベル12となることができた。


「やった! レベルアップです!」


 現在のレベルを確認するには、呪文のように「ステータス」と唱えれば良い。そうすることで、自分自身に関する様々な情報が脳内へ直接流れ込んでくるのである。


 ルーテは自分のステータスを確認しながら考え込む。


「でも、二年頑張ってまだこのレベル…………やっぱり、この方法は安全だけど効率が悪いですね」


 孤児院の子供達はレベル1から3程度、村の大人はレベル5程度なので、一般人としてはかなりの高レベルだ。


 しかし、他人のレベルを測ることができないルーテには知る由もない。ただ、仮にその事実を知ったところで問題の解決にはならないだろう。


「このままだとレベル不足です……」


 なぜなら、ルーテの最終目標は十二歳になる前までに自分を殺す予定の魔物を上回る力を付けること――即ち負けイベントの回避だからである。


 万全の準備を期すのであれば、いくらレベルを上げても上げ足りないのだ。


「確か、負けイベントの魔物はレベル30くらいだったので……とりあえず成長限界のレベル50までは鍛えたいですね」

 

 ルーテは、華奢で儚げな見かけに反して脳筋であった。


「あぁ……限界までレベルを上げた僕から放たれる一撃によってボスモンスターが粉砕される姿を想像しただけで……とても心が踊ります……! RPGの醍醐味ですよね……!」


 おまけに戦闘狂でもあった。


「ですが……低レベルでの攻略も捨てがたい……! 最も入手経験値が少ないルートを見定め、ボス戦は毎ターン致命的な攻撃が飛んで来ないことを祈りながらの戦闘…………あぁ、その全体攻撃はだめですっ! 全滅しちゃうぅっ! ああああああああああっ!」


 加えて縛るのも好きだった。


 だが、この世界にコンテニューはない。ハードコアモードで低レベル縛りプレイは、あまりにもレベルが高すぎる。


「…………ふぅ。とにかく、慎重に行かないといけませんね。望むところです!」

「ねえるーちゃ――じゃなくてルーテ」

「ひゃぁっ?!」


 ルーテが玄関扉の玄関扉を背に一人で盛り上がっていると、突然後ろから声をかけられる。


「さっきから誰に向かって話してるの?」


 驚いて振り返ると、そこには金髪に碧い瞳をした少女――イリアが立っていた。

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