第3話 決断


「い、イリア……いつからそこに……!」

「れべるあっぷ? がどうのこうのって言ってた時からよ」


 イリアはそう言いながら、ルーテの背後へ回り込んで肩に手を置く。


「わァ…………」

「でも大丈夫よルーテ。先生が『ルーテはそういうお年頃なんです。今はそっとしておいてあげましょう』って言ってたから。私、ルーテが毎朝本を読みながら村と孤児院の間を何往復もしてたって何も言わない」

「バレてたんですか?!」

「ええ。みんな、おかしなことを始めたルーテを優しく見守っているわ」

「しかも全員に?!」


 ルーテの行動は全て筒抜けだった。


(やっぱり……【隠密】のスキルがないと隠れて行動するのは難しいみたいですね……)


 『レジェンド・オブ・アレス』では、相手に発見されないように行動する場合、隠密スキルの有無が成功率を大きく左右する。


 今後のことを考えると、習得しておくべき必須スキルだと言えるだろう。


 しかし、基本的にスキルを習得する為には特定のNPCから教えてもらうか、習得したいスキルに対応する指南書を入手する必要がある。


 メインキャラクターはレベルアップでもスキルを覚えられるが、そうではないルーテがレベルアップでスキルを習得する可能性は限りなく低いだろう。


(教えてもらうなら町のギルドに行かないといけませんし、指南書を手に入れるにしたって町の商店で購入する必要があります。となると……こっそり抜け出して町に行かないといけませんが……そもそも子供はギルドに入れてもらえませんし、お目当ての指南書が売っている可能性だってすごく低いです!)


 そこまで考えて、ルーテははっとする。


(…………詰みました)


 孤児院からこっそり抜け出すために隠密スキルが欲しいのに、それを手に入れるために孤児院からこっそり抜け出す必要がある。完全に堂々巡りだ。


 しかも、【速歩】込みでもここから一番近い町まで行くのに丸一日はかかる。


 つまり、誰にも気づかれずにここを抜け出して帰ってくることは不可能であるということだ。


 仮に成功したとしても、一度で【隠密】の指南書が手に入るとは限らない。


(となると……)


「ルーテ。そろそろ朝ご飯の時間よ? 食堂へ行きましょ」

「行くしかないみたいですね……!」

「…………? ええ、そうね。ルーテもいっぱい変なことしたからお腹すいたでしょ?」


 言いながら、イリアはルーテの手を取る。


(危険を冒して……ダンジョンに……!)


 ――世界各地に点在するダンジョン。そこでは、稀にランダムなイベントが起こり、運次第ではスキルを習得するイベントに遭遇することもできる。おまけに、宝箱や魔物から指南書が手に入る可能性もあるのだ。


 しかも運が良いことに、この近くのダンジョンに【隠密】の指南書をドロップするモンスターが存在している。


(それに、ダンジョンの魔物を倒せばもっと沢山経験値が手に入ります! 良いことづくめですね!)


 読書と歩きのみでのレベリングに限界を感じていたルーテにとっては、まさに頃合いであった。


「おやおや、イリアにルーテ。こんな所に居たのですか? 今から朝食ですから、準備を手伝ってくださいね」


 ルーテがダンジョンへ潜ることを決意したちょうどその時、孤児院の中から眼鏡をかけた老年の女性――シスターが姿を現す。


「先生。私もちょうどルーテのことを連れて行こうとしていたところなの」

「ありがとうございますイリア。……あなたは本当にルーテが大好きなのですね」

「ええ、そうよ。だって可愛いから」


 さも当然かのように答えるイリアを見て、シスターは思わず口元を綻ばせた。


「……あまり贔屓しすぎるのは良くありませんよ。他の子がやきもちを焼いてしまいます」

「ひいきなんてしてないわ。みんな大切な家族よ。……でも、たまたまルーテの近くに居ることが多いだけ」


 そう言ってルーテに抱き着くイリア。シスターは困ったように肩をすくめる。


「ルーテ、あなたはそれで良いのですか? いつまでもイリアに面倒を見られていては、立派に独り立ち出来ませんよ?」

「余計なことを言わないで先生。ルーテはずっと可愛いルーテのままで良いの」

「私はルーテに聞いているのです」


 シスターは、先ほどからずっと無反応なルーテの方へ目をやった。


「いえ、このままではいけません」

「る、るーちゃん?!」


 目を見開くイリア。彼女は動揺すると、つい昔の呼び方でルーテのことを呼んでしまうのだ。


「あなたもそう思うでしょう?」

「はい!」

「良い返事です。わかったでしょうイリア? これからはルーテの為にも――」

「僕、もっと強くなります! 先生!」

「…………え? そ、そうですね」


 シスターはなんとなく話が噛み合っていない気がしたが、朝食の準備で忙しいので深く追求しないことにした。

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