第92話 思わぬ伏兵
「そうだ! ラストダンジョンを攻略しに行きましょう!」
外で遊んでいたルーテは、突然そんなことを言い始めた。
彼の発言を聞いていたのは、ゾラだけである。
「おーい! ルーテがまたよく分かんないこと言い始めたよー!」
ゾラは、愉快そうに笑いながら皆を呼び集めようとした。
「…………」
しかし、誰も集まって来ない。
ルーテがおかしいのは、もはや当然の事として受け入れられているからだ。
おまけに、いつも心配してくれるイリアは、気絶したフィラエに付きっきりで看病をしている。
加えて、明丸とマルスはフィラエを気絶させてしまった罰として自室で反省中だ。
双子のノアとレアは、サメのトラウマで引きこもり気味である。
ルーテの奇行に付き合ってくれる者達は現在、ことごとく取り込み中なのだ。
「……ところでその、らすとだんじょん? ってなんだ?」
仕方なく、自分一人でルーテを面白がることにするゾラ。
「暗黒大陸ヘラスに存在する、魔物の女王『ミネルヴァ』の根城のことです!」
「呼んだですか?」
だが、遅れてやって来たミネルヴァが反応した。彼女だけは、唯一ゾラの呼びかけに呼応したのである。
「うわ、ルーテの次くらいに変な奴が来た……」
「ゾラ……お前、失礼すぎるのですよ!」
「あ。ご、ごめん……」
うっかり本心を口にしてしまったゾラは、目をつり上げて怒るミネルヴァを宥める。
「許さないのですっ!」
「いたっ……くはないな」
「このっ! このおおおっ!」
そして、ぽかぽかと殴りかかってくるミネルヴァのことを、甘んじて受け入れていた。
「………………!」
一方、ルーテはハッとする。ラストダンジョンに居るラスボスは、目の前の少女であるという事実を思い出したのだ。
「……ミネルヴァ!」
「はぁ、はぁ……どうかしたですか?」
「僕と戦いましょう!」
「はぁ? 嫌なのですよ」
「そう、ですよね……。今のミネルヴァは、ラスボスとしての風格を完全に失ってしまいました……。一体、誰がこんな酷いことを……!」
ルーテである。
「僕はただ……ラストダンジョンを攻略したいだけなのに……!」
「ミネルヴァの力が必要なのですか?」
「いいえ、そうではありません! ――ダンジョンの奥で待ち構えているミネルヴァが、全力で僕を倒しに来る必要があるんです! そうしないと、頑張って攻略しても達成感がありません!」
「?」
「さあ、ミネルヴァ! ラストダンジョンの一番奥で待ち構えて、僕を殴ってください! ゾラにしたように! 全力で!」
「きょ、今日のママは……気持ち悪いのです……! さ、さよならなのですっ!」
――かくして、ミネルヴァは逃走した。
「………………」
ルーテは、珍しくゾラと二人きりになってしまったのである。
「うぅ……これでは、ラストダンジョンに行く意味が……」
持てる力を全てぶつけられる相手が居なくなってしまったことを悟り、落ち込むルーテ。
「じゃあさ……ボクと一緒に行く?」
その時、ゾラが掻き消えてしまいそうなくらい小さな声で言った。
「はい?」
「ふ、二人で……らすとだんじょん」
ほんのりと顔を赤くしながら、そんな提案をするゾラ。
「い、イリアには……内緒だよ……っ!」
彼女は、別の勝負を仕掛けに来たのである。
「……なるほど」
ルーテは、いつになく真剣な様子のゾラを見て、彼女の想いを理解する。
「人数縛りプレイですか……確かに、それならラスボスが居なくても程よい緊張感と達成感を得られそうです!」
「……うん、知ってたよ。お前はそういう奴だ」
「では、僕と一緒にラストダンジョンへ行きましょう! ゾラ!」
「言うんじゃなかった……」
後悔しているゾラの手を取り、遠くを指差すルーテ。
そんな彼を複雑な気持ちで眺めながら、ゾラは呟く。
「これって……で、デートって事で良いんだよね……?」
「何か言いましたか、ゾラ?」
「な、何も言ってないよっ!」
「では早速出発しましょう! 日帰りラストダンジョン攻略開始です!」
こうして、初めてのダンジョン攻略で敵として出会った二人は、仲良くラストダンジョンへ挑むことになったのだった。
*
一方その頃、イリアは。
「…………!」
「い、イリアちゃん? 怖い顔になっていますが……どうかしたのですか?」
「……いいえ」
何かの危機を感じ取っていた。
「なんでもないわ。ただ……」
「ただ?」
「私がいない間に、大変な事が起きている気がしただけよ……!」
「ひっ」
「るーちゃん……!」
「お、落ち着いてイリアちゃ……ん……?」
その時フィラエは、イリアの持っていた木の皿が握力に耐えきれず、バキバキと音を立てて壊れていくのを目撃したらしいが、真偽のほどは定かでない。
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