外伝9 ミネルヴァ、見つかる


「ご機嫌よう、諸君」


 不敵な笑みを浮かべた男――第一プリムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“畏怖”のオリオンは、集まった同胞達に向かって言った。


「まずは吉報だ。……『女王』の居場所を突き止めた」


 次の瞬間、どよめきが起こる。


「――静かに。私がまだ話している途中だよ? 勝手な発言は慎みたまえ」


 しかし、オリオンの一言で再び静寂が訪れた。


 紅蝠血ヴェスペルティリオの超越者達といえども、序列一位の言うことには逆らえないのである。


「……我々の支援する研究所によって生み出された『女王』は、脱走して長らく所在不明となっていたが、現在はとある孤児院で暮らしている事が判明した」


 言いながら、オリオンがテーブルに手をかざすと、何もない空間にルーテ達の暮らす孤児院が投射された。


「おまけに、壊滅した教団から連れ出された『双子』も一緒だ。……そうだろう、ファン?」


 オリオンは、自分のすぐ側で跪いている死んだはずの男――“虚言”のファンに向かって問いかける。


「はい。その通りでございます」


 虚な目をしたファンは、抑揚のない声で答えた。明らかに普通の様子ではない。


 また、彼の向かい側には、腰から刀を提げた総髪の男――新しい序列八位オクタヴムの姿があり、同じようにオリオンへ跪いていた。


「つまり、十中八九ただの孤児院ではないという事が悪い知らせになるね。ここには、我々から『女王』と『双子』を奪い、教団を壊滅させた何者かが潜んでいる。心してかからなければいけない」

「…………はい」

「――さてと、ファン。女王の所在が分かったのは、君の働きのお陰だ。これに免じて、裏切りの罪は許してあげよう」


 オリオンは貼り付けたような笑顔のままそう告げる。


 ――紅蝠血ヴェスペルティリオの構成員を一人ずつ自分が用意した駒に置き換えていき、最後にオリオンを引きずり下ろして組織の実権を握る。


 それが、ファンの狙いだった。


 彼は手始めに、序列八位オクタヴムをレオから『双子』に変えようとしていたが、ルーテのせいで全て滅茶苦茶になってしまったのである。


 ついでに裏切りも見破られ、手塩にかけて育てた『双子』に敗北し、計画もことごとく頓挫し、経験値となった後もこうして再利用され続けているので、踏んだり蹴ったりだ。


 ルーテによる改変の一番の被害者は、第七セプティムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“虚言”のファンであるといっても過言ではない。


「……ありがたき幸せ」


 だが、もはや今の彼には、悔しがる感情が残っているのかどうかすら不明である。


「両足だけでね」


 刹那、ファンの両足は吹き飛び消失した。彼は突如として支えを失い、地べたを這いつくばる。

 

「……ギルタブリル。君もそれで良いかい?」

「構わん。我が友を亡き者にした事は許せぬが……もはやただの抜け殻と成り果てたその男に復讐しても、虚しいだけだ」


 落ち着いた態度の巨漢――第十デキムス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“鏖殺”のギルタブリルは、険しい顔つきで言った。


「それで、『女王』の居る孤児院とやらは、一体どこに――」


 紅いドレス姿の女性――“不義”のシャウラが発言したその瞬間。


「――っ?!」


 彼女の右腕が吹き飛び、円卓が鮮血で染まる。


「ああああああああああああッ!」


 絶叫しながらその場に倒れ込み、激痛に悶えるシャウラ。


「勝手な発言を慎んで欲しいと言ったよね?」

「ああっ、ぐうっ……!」

「静かにできるかい? シャウラ」


 オリオンに言われたシャウラは、右腕を押さえながら頷き、声を押し殺す。


「それは良かった」


 彼女の目は、痛みと恐怖によって血走っていた。


「……円卓が汚れてしまったね。グラフィアス、綺麗にしてくれ」

「み、水よ潤せ、リクオル」


 オリオンに命令された高貴な身なりの少年――第三テルティウス紅蝠血ヴェスペルティリオ、“貪婪”のグラフィアスは、青ざめた顔で水魔法を詠唱し、円卓の血を洗い流す。


「ありがとう」


 一息おいて、オリオンは続けた。


「…………アルカディア王国の西部に、ルクスという名の村がある。孤児院はそのすぐ近くだ。我々で襲撃し、女王を連れ出そう。――他は皆殺しで良い」


 今、彼らに最大の危機が迫りつつある……!

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