正史3 二人はどこでも一緒


「いたい……よ……」


 両足を切り落とされた少女――レアは、血の跡を残しながら地べたを這いずる。


「ノア……起きて…………?」


 そして、必死に自分の片割れの名を呼びかけた。


「………………」


 しかし、返事がかえってくることはない。


 ノアの胸の辺りには剣が突き刺さっていて、そこから真っ赤な血が流れていた。


 彼は、心臓を刺し貫かれて死んでしまったのである。


「あ……あ……!」


 ノアから溢れ出す生暖かい血と、冷たくなった彼の頬に触れたことで、幼い少女は片割れの死をはっきりと理解する。


「いっしょがいいって……言ったのに……!」


 レアは大粒の涙を流しながら、半身の亡骸に縋りついた。


「ノアぁ……起きてよぉっ……!」

「………………」


 青年は、ノアに突き立てられていた剣を抜き取ると、その血を振り払ってからレアに突き付ける。


「おねがい……します……」

「…………?」

「ノアと……いっしょにしてください……」


 対してレアは、青年の足を掴みながらそう懇願した。


「……死んだあとは……好きにしてくれて、かまいません……。だけど……ノアとべつべつなのはいやです……」

「………………」


 青年は何も言わずにゆっくりと頷いた後、そっと彼女の涙を拭ってやる。


 そして、持っていた剣を振り上げた。


「……おやすみなさい……ノア」


 レアは、最期にこう囁く。


「同じところに……行くね……」


 *


 ノアとレアは、いつも仲良しな双子であった。


 とある森の奥深くに存在する教会の中、たった二人で育てられた彼らは、仲良くするしかなかったのである。


「――ねえねえ、ノア。起きてよ。いっしょにあそぼ?」

「ふわぁ……? ……うん。……何するの?」

「んちゅ……」

「んっ……?!」


 ノアの問いかけに対し、レアは口づけで答えた。


「…………ぷはっ」

「れ、レア……? 今のなに……?」

「本の中でね、女の人と男の人がこうしてたの。……面白いでしょ?」

「ま、また勝手に本をよんだの……? 神父さまに怒られちゃうよ……」

「ばれてないからだいじょうぶ!」


 レアはいたずらっぽく笑いながら言う。


「ぼく……もうむち打ちはいやだよ……」


 彼らにとって、時々盗み読みする本だけが唯一の娯楽なのだ。


「でも……ノアはさいきん相手してくれないんだもん……つまんないよ」

「ごめんなさい……」

「いつも、一人で何してるの?」

「………………」


 そう聞かれたノアは、俯いて黙り込んでしまう。


「ノア……どうしたの?」

「あのね、レア……」


 少しだけ言い淀んだ後、ノアは意を決した様子でこう続けた。


「――ぼくといっしょに逃げて」


 彼らは教団に献上する為に、汚れたものから遠ざけられて育った、最上級の生贄である。


 やがて、教団が崇拝する神にその命を捧げる運命にあるのだ。


 *


「………………」


 その日の夜、ノアから教会の真実を告げられたレアは、眠れずにいた。


 優しい神父さまと大好きなノア。


 どちらの言うことを信じれば良いのか、彼女には分からないのだ。


「レア、ノア、もう眠りましたか?」


 その時神父がやって来て、二人の眠る寝室を覗き込みながら問いかける。


「ねむれません」


 正直に即答するレア。


 神父さまの問いかけには、嘘をつくことができなかった。


「……おやおや、珍しい。何か嫌なことでもありましたか」

「それは……分かりません」

「不思議な答えですね」


 そう呟き、首を傾げる神父。


「……あのね、神父さまは……悪い人ですか?」

「善くあろうとは心がけていますよ」

「うーん…………?」


 レアには、神父の言葉がよく理解できなかった。


「眠れないのであれば、私の部屋で話をしましょうか」

「……神父さまのおへや? 行ってみたいです!」

「ではこちらへ。――ノアを起こしてはいけませんよ」


 こうして、神父の部屋へ招かれることになったレアは、こっそりとベッドから抜け出して寝室を後にするのだった。


「おへやはどっちですか? 神父さま?」

「……私について来てください」

「はい!」


 それから、長い廊下を通り、一番突き当りにある部屋へと案内されるレア。


「ここです。さあ、どうぞ中へ」

「…………!」


 部屋の中は、勝手に読むことを禁じられている本が、所狭しと並べられていた。


「ほ、本が……たくさん……!」


 レアがそれらに意識を奪われていると、バタンという音と共に背後の扉が閉じられる。


 神父は何も言わず、扉を塞ぐようにして佇んでいた。


「し、神父さま……?」

「二人でこそこそといけないことばかり……私が気付いていないと思いましたか?」

「え…………?」


 レアは神父に距離を詰められ、どんどんと壁際へ追い詰められていく。


「どうやら……もっと厳しく躾けないと分からないようですね」

「ご、ごめんなさい……」

「あなた方が逃げ出せば、処分されるのは私なのですよ?」


 次の瞬間、レアは無理やり床へ押し倒された。


「きゃあっ?! いやっ、やめてっ!」

「……騒がないでください」


 神父はレアの頬を強くはたく。


「ひぃっ?! ご、ごめんなさいっ! もうしませんっ! ゆるしてくださいっ!」

「すぐに終わりますから……大人しくしていなさい」


 そう言うと、神父は薄気味悪い笑みを浮かべながら、押し倒したレアの服に手をかけた。


「君達は本当に美しく育ちましたねぇ……宝石みたいな目だ……あぁ、もうここで抉り出してしまいましょうか……?」


 初めて人間の悪意を見せつけられたレアは、恐怖と嫌悪感で心の中がいっぱいになる。


「ぁ、いやぁ……っ!」


 そして、ほとんど声が出せなくなってしまった。


「良い子です。そのまま静かに――」


 その時、鈍い音が鳴り響く。


「ううぅっ……?!」


 気づくと、神父はうめき声を発しながらレアの隣に倒れ込んでいた。


 彼の頭からは赤い血が流れている。


「はぁ……はぁ……っ!」


 レアが視線を正面に戻すと、そこには血のついた火かき棒を持ったノアが立っていた。


「ノア…………?」

「うぐぅ……な、何を……」


 ノアは起き上がろうとした神父に、さらに数回、火かき棒を振り下ろす。


「あ、あぁ……」


 そして、神父が動かなくなったところでようやく火かき棒を手放し、力なくその場に座り込んだ。


「しんじゃった……ぼくが、神父さまを……ころしちゃった……」

「の、ノアっ!」


 レアは神父の側から逃げ出し、返り血を浴びて真っ青な顔をしているノアに抱きつく。


「怖かった……怖かったよぉっ!」

「だいじょうぶ……? レア……」

「う、うん……!」

「ぼくは……もう、だめみたい……」

「ノア…………?」


 その時、レアはノアの体が震えていることに気づいた。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、神父さま……」


 虚空を見つめながら、かすれた声でうわ言のように呟くノア。


「も、もういいんだよノアっ! ノアの言う通りだったのっ! 神父さま……悪い人だった……! ――だから逃げよう……? いっしょに逃げちゃおうよ……!」

「一人で……逃げて……」

「え…………?」

「ぼ、ぼくは……悪い子だから……レアとは一緒に行けない……」

「な、何言ってるの……?」


 ノアはゆっくりと立ち上がり、火かき棒を手に取る。


 そして、その先端を自分の腹部に押し当てた。


「そんなことしたら……あぶないよ……?」

「わ、悪い子は……地獄に行かないと……!」

「…………分かった」


 すると突然、レアが彼の持っていた火かき棒を奪い取った。


「え…………?」

「わたしは……ノアといっしょならどこでもいいよ」


 言いながら、レアは倒れている神父に近づいていく。


「神父さま……まだ生きてるかも?」


 そして、再びその頭に火かき棒を振り下ろした。


「な、何してるの……? やめてよ……! そ、そんなことしたら…………!」

「だ、だって……ノアが地獄におちるなら……わたしもそこに行きたい……!」

「まって――」

「一人はいやっ!」


 レアは震える声で言いながら、さらにもう一度振り下ろす。


 すると、神父の体が突如として痙攣し、それからまた動かなくなった。


「あ……ぁ……!」

「こ、これで……またいっしょだよ……!」


 レアは青ざめた顔で言いながら、怯えるノアに向かって微笑む。


「――――――っ!」


 対してノアは、レアが持っていた火かき棒をはたき落として言った。


「レアのばか……っ!」

「ばかじゃないもん!」

「お、おねがいします……神さま……レアのことは……ゆ、ゆるしてくださいっ!」


 血まみれになったレアのことを抱きしめながら、神に許しを乞うノア。


「ゆるしちゃだめだよ! いっしょに……地獄におちるの!」


 こうして、彼らは初めて人を――育ての親である神父さまを殺したのだった。

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