第40話 エンチャント強制無効化


 翌日の昼、ルーテは孤児院の地下室にマルスとゾラを招集していた。


「……かくかくしかじかというわけで、二人には明丸を助ける手伝いをして欲しいのです!」


 そして簡単に事情を説明した後、お願いをする。


「え……? じゃあ、あの気取った明丸が今は女の子になってお花柄の服着てるの?」

「はい」

「……あははっ、なにそれめっちゃ見たい!」


 身も心も女の子になって慌てふためく明丸の姿を想像し、意地悪な笑みを浮かべるゾラ。


「ゾラ! そんな風に笑ったらいけませんよ!」

「ご、ごめん……っ!」


 ルーテに咎められ、ゾラは必死に笑いをこらえた。


「あと、今は明丸じゃなくて花丸ちゃんです!」

「ぶはっ!」


 しかし、追加の情報で堪えきれずに再び噴き出す。


「まったく……」

「そ、それは無しでしょ……! 花丸ちゃんって……っ!」

「僕が名付けました」

「……ルーテが一番馬鹿にしてるよね?」

「してません!」


 ゾラに言われたルーテは、きっぱりと否定した。


「そんな風に言われるなんて心外です!」

「――なあルーテ。事情は大体分かったけど……それ、俺達が行ってどうにかなるのか……?」


 マルスは、そんなゾラを横目にしながら問いかける。


「もちろんです! というか、先生から【魔力制御】を教わった二人が居ないとできません!」

「…………………………」

「…………………………」


 ルーテの言葉を聞いた瞬間、マルスとゾラは急に静かになった。


「……どうかしましたか?」

「いやー……そういえばそんなことも教わったような……? 気がするね!」

「お、俺は一応できるぞ! たぶん! まりょくせいぎょ? のことなら任せておけ!」

「………………二人ともちゃんと勉強しなかったことは分かりました」


 ――前途は多難である。


 *


 その日の夜、ルーテ達は全員が寝静まった頃にこっそりと寝室を抜け出した。


 そして孤児院の外で集合し、アレスノヴァを起動して鳴子ノ国にある遺跡へとワープする。


「ほら! 二人とも早くしなよ!」


 先頭を走っているのはゾラだ。真っ先に遺跡の外へ出て、竹藪を突っ切っていく。


「待てよゾラ……!」

「こうしてる間にもは苦しんでるんだよっ! かわいそうだと思わないのっ!?」

「お前は……女の子になった明丸を早く見たいだけだろっ!」

「うん」


 ゾラは即答した。


「マルスだって可愛い花丸ちゃん見たいでしょ?」

「べ、別に見たくねーし! ぜんっぜん見たくねーし! ぜったい可愛いとか思わねーし!」

(もしかすると……人選を間違えてしまったかもしれません!)


 密かにそう思い始めるルーテだったが、現時点で【魔力制御】を覚えているのは二人だけなので他にどうしようもない。


(どうにか二人に頑張ってもらうしかありませんね……!)


 それから、三人は竹藪を抜けて、老人と明丸が暮らす民家の庭へ飛び出した。


 家の縁側には、黒髪の美少女――明丸が裸足で座っている。


 彼女は、ぼんやりと青空を眺めて物思いにふけっていた。


「……………………っ!」


 その姿に、ゾラは心を撃ち抜かれる。

 

「か、かわいいな……!」

「あ、あれが……明丸なのか……?」

「花丸! 助っ人を連れて来ました!」


 ルーテの呼びかけによって、明丸はこちらに気付き裸足のまま駆け寄って来る。


「気分の方は大丈夫ですか? 乙女心に侵食されていませんか?」

「……ああ。この程度のことで私の信念は揺るがん」


 明丸はそう言いながら、女の子っぽい仕草で髪をかき上げた。


「思ったより深刻です! 急ぎましょう!」


 一連の動作を見逃さなかったルーテは、二人にそう指示をする。


「……そなた達はゾラとマルスか。久しいな」

「その話し方……やっぱりお前が明丸なのか……!」

「花丸ちゃん可愛いねぇ……ぐへへ……! 生意気なんだよぉッ! ボクに対する当てつけか?!」

「な、何なのだお前は……」


 予想を超えた美少女の姿を目撃したゾラは、暴走していた。


 ――ともかく、こうして四人は無事に合流することが出来たのである。


「……それで。俺たちはどうすれば良いんだ?」


 マルスは、暴れるゾラを押さえ込みながら聞いた。


「は、離してよマルス! ボクはコイツに分からせてやるんだっ! ここまで可愛いのはむしろ許せないっ!」

「いいからお前は落ち着け」

「はーっ、はーっ……!」


 ゾラが鎮静化したのを見計らって、ルーテは作戦の概要を話し始める。


「二人は、【魔力制御】を使って明丸の魔力を完全回復させてください!」

「…………え? それだけで良いのか?」

「はい! 問題ありません!」

「確かに、それくらいなら俺とゾラでもできると思うけど……」


 ルーテの考えていることはこうだ。


 まず前提として、【魔力制御】のスキルを習得すると、主に二つのことが出来るようになる。


 一つ目は、魔法の威力を調整し消費魔力を減らすこと。


 そして二つ目が、味方同士で魔力を受け渡すことだ。


 この力を使い、呪いによる魔力吸収の効果が発動する前に明丸の魔力を完全回復させ、性別を男に戻そうというのがルーテの作戦である。


「お、おいルーテ。本当に私が男に戻るだけで、この服まで脱げるようになるのか?」

「僕の仮説が正しければ……おそらく大丈夫なはずです!」


 このゲームには、男性専用の装備と女性専用の装備が一部存在している。


 本来の仕様であれば対象外の装備はそもそも身に付けられないが、ルーテの居るこの世界では「装備できない」という事象は起こらない。


 その為、身につけるだけなら誰でも自由に出来るのだ。


 しかしその代わりに、対象外の装備を身に付けると、装備品に付与された様々な効果は一切受けられなくなってしまう。


 今回はそれを逆手に取ろうとしているのである。


(明丸が着ている花柄の着物は、おそらく女性専用の装備です。ですから、明丸を一瞬でも男の子に戻せば、その時点で呪いの装備が装備不可と判定され、一切の影響を及ぼさなくなるはずなのです!)


 ちなみにこれらの事実は、ルーテが夜中にこっそり女性専用の装備であるシスターの服を持ち出し、装備品に関する検証を重ねたことで発見した。

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