第48話 新米騎士バシリア


 エリュシオン公国の新米騎士バシリアは、夜の町の外壁を見回っていた。


 近頃、この近辺で人が行方不明になる事件が頻発しているため、警戒しているのである。


「…………うん?」


 その時、彼女は遠くの方で砂煙が舞っていることに気づいた。


 よくよく見てみると、子供が二人こちらへ向かって走って来ている。


「こんな時間に外へ……? まったく……きつく叱ってやらないといけないな」


 大家族の長女として生まれた彼女は、子供の扱いに慣れていた。


 小さくため息をつき、走ってきている子供――ルーテとシャーディヤの方へ近づいていくバシリア。


「それにしても、あの砂煙は一体……」


 二人の姿がはっきりと視認できるくらいにまで接近したその時、彼女はそれの正体に気づいてしまう。


「――なにっ?!」


 彼らは、植物型の魔物――ラフレシアに追いかけられていたのである。


「こんな所に魔物がっ?! ……や、やるしか……ないのか……!」


 冷や汗を流しながら、剣を抜いて構えるバシリア。


「きっ、君たち! 早く私の後ろに隠れなさい!」

「あなたは……!」

「…………身代わりになってくれるの?」


 ルーテとシャーディヤは、言われた通り彼女の背後へと逃げ込む。


「魔物め……子供を狙うとは卑劣な……!」


 こうして、バシリアはラフレシアと対峙することになるのだった。


「グオオオオオオオオオッ!」


 花弁の中心から消化液のようなものを滴らせながら、獣のような鳴き声を発するラフレシア。


「ふと思ったのですが……植物が鳴くのはおかしくありませんか?」

「何を言ってるの……何もおかしくないわ…………自然の摂理よ……」

「腑に落ちません」


 緊張感のない会話をするルーテとシャーディヤ。


「はあああああああああああっ!」


 一方、バシリアは決死の覚悟で魔物に向かっていく。


「…………ありがとう……あなたの犠牲は無駄にはしない……」


 シャーディヤはその様子を見て、静かに祈りを捧げた。


「騎士団長のバシリアさんは星五で火力が高いキャラです! ラフレシアくらいなら瞬殺できると思います!」

「あなたの言う『星』の意味はよく分からないけれど…………」


 それから、指をさしてこう続けるシャーディア。


「…………あの人……普通に負けてるわよ」

「え…………?」


 ルーテが慌てて前方を確認すると、バシリアは武器を叩き落とされて魔物の触手に締め上げられていた。


「くっ……離せっ! うわああああああッ!」


 あっさりと敗北し、苦痛に顔を歪めながら悲鳴を上げるバシリア。


「あれ、弱い……?」


 その姿を見て、ルーテは首を傾げる。


「頑張りなさい……まずはじっくり鎧を溶かして……丸裸にするのよ……」

「魔物の方を応援しないでください!」

「いけない……生みの親みたいなものだから……つい感情移入してしまうわ……ひひっ、いひひひひっ!」

「笑い方が怖いです」


 ――しかし、彼はすぐに理解した。


(なるほど……現時点だとバシリアさんまだ成長しきっていないので、本編開始時ほどの強さは無い、ということですね! それなら今のうちに逃げておきましょう!)


 ルーテは触手に好き放題されているバシリアを横目に、その場から立ち去ろうとする。


「それでは、僕は先を急いでいるのでここら辺で――」

「……まちなさい」


 しかし、再びシャーディヤに引き止められてしまった。


「や、やめろっ! うぐっ! くうぅぅっ! んっ! あっ!」

「……あなた、あれを放置していくつもり……? ……人の心がないわね」

「シャーディヤさんにだけは言われたくありませんが……」


 ルーテはそう言って眉をひそめる。


「……あの魔物をどうにかしないと……あの人……このまま捕食されてしまうわよ……?」

「天才魔術師のシャーディヤさんが援護をすればどうにかなるのでは?」

「無理…………」


 即答だった。


「そもそも、私一人でどうにか出来るのなら……最初からそうしているわ…………」

「確かに」


 納得するルーテ。


「……さっきの魔法を見て分かったけれど……あなたは天才魔術師の私に……すこーーーーーし……だけ匹敵する魔法の使い手…………。だから協力して欲しいの……」

「ラフレシアとは戦いたくないのですが……」

「偉大な私がこれだけへりくだっているというのに……まだ協力を渋るの……? いい加減にしないと……本当に末代まで呪うわよ…………」

「……それなら仕方ありませんね」


 問答の末、ルーテは渋々ラフレシアの駆除に協力することを選択した。


「それでは、僕はまず本体を攻撃しますから、シャーディヤさんは捕まったバシリアさんの救出をお願いします」

「天才の私に命令するだなんて……生意気……」

「何か言いましたか?」

「いいえ……何も……。早く片付けてしまいましょう……」


 かくして、ルーテは旨味の少ない雑魚敵との戦闘に参加させられる羽目になるのだった。


 *


「大岩よ押し潰せ…………サクスム」

「大火よ焼き尽くせ、イグニス!」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 死闘の末、ルーテ達はラフレシアの討伐に成功する。


「はぁ……はぁ……はぁっ!」


 やっとの思いで触手から解放されたバシリアは、息も絶え絶えになっていた。


「大丈夫ですかバシリアさん?」


 ルーテはそんな彼女に歩み寄り、問いかける。


「君……どこで私の名前を……?」

「質問を質問で返さないでください!」

「す、すまない……私は大丈夫だ……。君たちは強いな…………」


 叱られたのは彼女のほうだった。自分より遥かに年下の少年に怒られ、少しだけしょんぼりするバシリア。


「いひひひひっ……!」


 その様子を見ていたシャーディヤは、意地悪な笑みを浮かべる。


「……と、ところで、君たち名前は? どうして、こんな夜遅くに外へ出ていたんだい?」


 二人のことをとても不気味な子供達だと密かに思うバシリアだったが、努めて平静を装い、質問を投げかけた。


「私は優秀な天才魔術師シャーディヤ……この町の領主の娘……さっきの魔物は私が育てた…………」

「え……? 領主……? 育てた……?」


 予想外の答えに困惑するバシリア。


「僕はルーテです! アンタレス崇拝教団を壊滅させる為に、アルカディアの孤児院からこの国へ来ました!」

「えええええっ?! か、壊滅?! アルカディア?!」


 そこへ更にとんでもない答えが追加され、バシリアはパニック状態に陥る。


「時間が無いので急いでいます! もう行きますね!」

「……あなた……そんな面白そうなことをするつもりだったのね…………なら、私も連れて行きなさい……!」

「良いですよ! ですが、おかしな行動は慎んでくださいね!」

「まあ……断られても勝手に付いていくつもりだったけれど……いひひひひっ!」

「そういうのです!」


 そうこうしている間に二人が謎の意気投合をし、どこかへ歩き去ってしまう。


「ま、待て! どこへ行くつもりだ君たち! いいから町に戻りなさいっ!」


 ――新米騎士バシリアの前途は多難であった。

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