第36話 二つの心構え
ルーテと明丸は互いに木刀を構えて向かい合っていた。
「手加減はするなよ」
「分かっています」
「……それはそれとして、魔法を使うのは反則だからな!」
「刀の仕合ですからね。当然です!」
ほほ笑むルーテ。一方明丸は口元を結び、真剣な顔つきになる。
「当てないようにするんじゃぞー。当たったら物凄く痛いからのー」
縁側に座る老人は二人に向かって念を押すが、返事は返ってこない。
「……まあ、好きなようにやるとええ。――それでは始めなさい」
結局、諦めて仕合開始の合図をする老人。
「行くぞッ!」
刹那、明丸は正面に構えていた刀を頭上へ振り上げて≪
「望むところですっ!」
同様に、ルーテも刀を振り上げながら前へと踏み出すが、彼の場合は刃筋を上に向けて頭部を守っている。こちらは≪
「……はてさて、どうなることやら」
老人は突進する二人の姿を眺めながら、暢気にお茶を啜った。
*
≪
外すことは考えず一息に刀を振り下ろし、初撃で確実に相手を仕留めることを目的とした構えだ。
それに対して≪
刀身に体を隠して攻撃を受け流し、そこから突きや胴体への斬り返し等の技へと派生させ、相手を確実に仕留めることを目的とした構えだ。
しかし現在、この二種の構えの使い手は一人もいない。時代が平和になるにつれて剣術の在り方も変わっていき、相手を仕留めることを目的とした殺人剣は廃れていってしまったのである。
……という設定だ。戦技について説明するフレーバーテキストにそう書いてある。
――老人は、この失われた二つの剣術に魅入られていた。どうしても使い手の姿を一目見たかったのである。
そこで彼はこの国の各地を巡ってあらゆる剣術を会得し、その知識を駆使して、二つの構えとそこから派生する剣技の数々を現代に蘇らせた。
理論は完璧。
しかし、老人にはどちらの構えも使いこなすことができなかった。
両方とも会得しようとした結果、両方とも中途半端に終わってしまったのである。
後先考えずに相手を押し切る捨て身の心構えと、迫りくる相手の攻撃を冷静に見切る受け身の心構えを、一人の人間が同時に持つことは不可能なのだ。
……ちなみに、ゲームシステム的には膨大な時間をかければ出来ないこともない。
*
「……おお」
歓声を上げる老人。
――お互いが間合いに踏み込み、攻撃に移ったのである。
老人が習得を諦めた相容れぬ二つの剣術が、未熟ながらもぶつかり合おうとしていた。
最初に動いたのは、≪
「きえええええええええッ!」
相手を威圧し自身を鼓舞する≪咆哮≫と共に、全力で木刀を振り、≪斬り下ろし≫を発動させる。
「――――――ッ!」
≪
そしてそのまま一気に両手を翻し、明丸の胴体に目掛けて≪返し斬り≫を発動した。
(もらいました!)
初撃を完全に見切ったことで勝利を確信するルーテ。
「きえええッ!」
しかし、明丸は≪咆哮≫を発しながら素早く木刀を振り上げ、二撃目の≪斬り下ろし≫をルーテに向かって発動させる。
(早いっ!)
一瞬だけ怯んだルーテの動作が鈍り、結果的に互いの木刀がほぼ同時に迫っていた。
「そこまでッ!」
――その瞬間、老人が叫ぶ。
「……………………」
その声を聞いた二人は、攻撃の寸前で動きを完全に停止させた。
「ふむ……なるほど……」
老人は二人の元へ歩み寄り、こう告げる。
「……引き分けじゃな。ルーテは頭から縦に真っ二つ、明丸は脇腹から横に真っ二つじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
その言葉を聞いた明丸とルーテは、大きなため息をつきながら崩れ落ちた。
「はぁ……魔法ができるくせに、剣術まで私に追いついてしまうとはな。憎たらしい奴だ」
「いいえ。まだまだ明丸の方が上です。……というか、そんなに羨ましいならいつでも魔法を教えてあげますよ?」
「ひ、必要ない! 私は男だっ!」
(……バグが完全にトラウマになっていますね)
ルーテは明丸に憐みの視線を向ける。
「……ともかく、二人とも良い仕合だったぞい。儂も久々に胸が高鳴ったわい」
老人は、ニコニコと笑いながらそう言った。
「この構えを体得した以上、もう儂から教えられることはほとんど無いのう……」
そう呟く老人を見て、ルーテは不安な気持ちになる。
(そのメッセージは……!)
戦技を教えてくれるNPCは、教えられることがなくなるとプレイヤーの前から姿を消してしまうのである。
「ししょぉ……!」
「な、何じゃルーテ? 引き分けがそんなに悔しかったかのう?」
「絶対に居なくなったりしないでくださいね……!」
「――え? 儂、居なくならんけど? いきなりどうしたのじゃ?」
切羽詰まった様子のルーテを見て、老人は困惑するのだった。
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