第8話 少しだけ成長する


 しばらくして、川から上がったゾラはびしょ濡れのまま膝を抱えてうずくまった。


「あの……大丈夫ですか……?」


 心配になったルーテは、彼女の顔を覗き込みながら問いかける。


「どうしてだよ……見せちゃったじゃん。これじゃあ……まるでボクが……!」

「元気を出してください。ゾラさんはあくまで勘違いして露出しただけで、変態というわけではありません!」

「言わないでよ! ……もういい……動けるようになったんだったら……帰ってくれ……」

「………………………………」


 いつもはゲームのことしか考えていないルーテでも、流石に落ち込んでいる幸薄そうな少女を放置して帰還する気にはならなかった。


 「よいですかルーテ。困っている人には迷わず救いの手を差し伸べてあげてください」と、シスターからも教えられている。


「あの、ゾラさんは……行く宛てとかあるんですか?」

「ないよ。……だから盗賊団に居たんだ」


 ゾラは、さらに続けた。


「あそこの連中は……大体みんなそうだよ。身寄りも仕事も金もないから……人から盗むクズになって生き延びるんだ」


(世知辛いですね。ゲームなのに)


 ルーテはぼんやりとそんなことを考える。


(原作でモンスター扱いだったとしても……皆ちゃんとした人間なんですね。問答無用で魔法を撃つのは良くありませんでした……)


 そして少しだけ反省した。ルーテが一歩だけ他者に歩み寄り、まともな人間に近づいた瞬間である。


 常日頃から彼の奇行に頭を悩まされているシスターが知ったら、涙を流して喜ぶだろう。


「でもまあ……ボクは使えなさ過ぎて盗みもできなかったけど……」

「逃げ足はすごく早かったですよ!」

「何それ……なぐさめてるの……?」

「はい!」

「はぁ……なんかお前と話してると力が抜けるな……」


 ゾラは少しだけほほ笑んだ。彼女が初めて見せる年相応の笑顔である。


 図らずもルーテは、一人の少女の閉ざされた心を開きつつあった。


「とにかく、行く当てがないなら決まりですね」

「何が……?」

「僕と一緒に孤児院へ行きましょう! ゾラさんみたいな子が沢山いますよ!」

「お前……孤児院に住んでたの……?」

「はい!」


 ルーテは再び元気よく返事をし、ゾラに手を差し伸べる。


「…………行かない」


 しかし、ゾラはそれを拒絶した。


「どうしてですか?」

「分かるだろ……ボクは盗賊をやってたんだ。もう普通には戻れないんだよ……」


 笑顔を消して俯くゾラ。開き始めた心の扉が、再び閉まろうとしていた。


「……今更そんなこと言われたって……」

「そういうのは向こうに到着してから悩んでください! 僕は無断で孤児院を抜け出してるんです! 早く戻らないと先生に怒られてしまいますっ! ああっ、見てください! お日様がもうあんなところにっ!」

「えぇ……?」


 ゾラは、困惑して何も言えなくなる。その腕をルーテが引っ張った。


「とにかく急ぎますよ! 逃げ足の速さをここで発揮して下さい!」

「うえぇ? ま、待って?!」


 かくして、ルーテは半ば強引に彼女のことを連れ帰るのだった。


 *


「……おはようございます。ルーテ」

「おはようございます先生!」

「良い挨拶です」


 ダンジョンの探索を終え孤児院へと帰還したルーテは、玄関口で先生と対峙していた。


「……もう、みんな朝食を食べ終わりましたよ? いつまで経っても戻ってこないあなたのことをとても心配しています。……早朝に外を出歩くことに関しては大目に見ますが、朝食までには戻ってきてください」

「誠に申し訳ございませんでした……」

「しばらくあなたは外出禁止ですね」

「…………はい」


 ルーテは小さな声で返事をして俯く。


(言いつけは破れません……)

 

 何度も説明した通り、彼はこれでも孤児院でのルールを守っているつもりなのである。


「それで、話は変わりますが……」


 シスターは、ゾラの方を見ながら続けた。


「あなたは……どちら様ですか? 村の子ではないようですが……」

「え、えっと、その…………ボクは……」


 シスターに問いかけられ言葉に詰まるゾラ。彼女は自分の意志でここへ来たわけではないので、無理もない。


「ゾラさんは身寄りがなくて盗賊をしていた可哀そうな子です! だから僕が捕まえてここへ連れてきました」


 ルーテは横からそう説明した。


「え、うそ? それ言っちゃうの?!」


 自分の素性を全てばらされ、あたふたするゾラ。持って来た荷物を手に取り、その場から逃げ出そうとする。


 しかし、ルーテに手を握られているのでどこへも行けない。


 ――この裏切り者。


 追い詰められたゾラは、涙目でルーテの背中を睨みつけた。


「なるほど、良くわかりました…………ルーテ、あなたは門限を破りましたが、私の教えをしっかりと守ったのですね」


 するとシスターはそう言って、ルーテの頭を優しくなでる。


「はい! ですので外出禁止を――」

「それとこれとは別です」

「あぅ…………」

「……ですがまあ……私にバレなければ良しとしましょう。上手くやってください」

「……はい!」


 みるみるうちに明るい顔になり、元気な返事をするルーテ。


(早速【隠密】の効果を試せそうです!)


 シスターは「門限さえ守らせればそれほど遠くまではいけないだろう」と、この時考えていた。


 しかし、早朝からお昼前までの時間で二つのダンジョンを攻略し、成り行きで盗賊団を壊滅状態にし、お目当ての指南書まで手に入れ、おまけにゾラを連れて帰って来たルーテ相手には甘すぎる縛りだと言わざるを得ない。


「全く……私も甘いですね」


 甘々である。


「それと……ゾラ」

「え、えっと……はいっ!」


 突然シスターに名前を呼ばれ、ゾラは気をつけの姿勢になった。


「今日からあなたはこの孤児院で暮らす家族です。後で中を案内しますね」

「え…………?」

「どうかしましたか?」

「だ、だって、ルーテが言っただろ?! ボクは盗賊なんだ! えっと、だからその……捕まえるんじゃないのか……?」

「私はこの国の法ではなく、神の教えに従います。――食事の後で懺悔室へ来てくださいね、ゾラ」


 そう言って微笑むシスター。


「うぅ……ルーテぇっ!」


 ゾラは思わず近くに居たルーテに抱きつく。


(法律を破らないといけない時はそうやって言えば良いんですね! 勉強になります先生!)


 それに対して、ルーテは内心で物騒なことを考えながら、何も言わずにただじっとしていた。


(……これにて一件落着ですね。僕もあまり怒られなくて良かったです)


 かくして、ルーテの活躍により孤児院に新しい家族が増えたのであった。



 ……一方そのころ、近隣の町では「一瞬で盗賊団を壊滅させた」という、世にも恐ろしい小さな悪魔の噂が流行するのだが、それは関係のない話である。

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