第21話 地下ダンジョンへの扉


 歩いて屋敷の前までやって来たルーテは、一切躊躇することなく正面玄関から中へ入った。


「失礼します! どなたかいらっしゃいませんか? 僕に【解剖】の指南書を貸していただきたいのですが……」


 そう呼びかけるが、返事はない。


 屋敷内は不気味なほど静まり返っていた。


「やはり……皆さん地下に居るのでしょうか?」


 ルーテは呟く。


 魔導研究所跡地は、地下に向かって進んで行くタイプのダンジョンだ。ストーリー中で詳しく語られることはないが、そこでは表に出せない怪しげな実験が行われていたことがほのめかされている。


 そのため、この屋敷のどこかに地下の研究所へと降りる隠し階段が存在していると考えるのが妥当だろう。


 研究員達はそこに居るのだ。


「僕の勘が告げています……地下へ降りる階段は実は二階に存在していると……!」


 前世で数多くのダンジョンを攻略してきた経験から、そう目星をつけるルーテ。


 ――だが、先に見つかったのは【解剖】の指南書の方だった。


「あれ……?」


 それは二階にある図書室の机の上に放置されていたのである。


「……仕方がありません。勝手に本を借りていきましょう。後でこっそり返せば何も問題はないはずです!」


 当初の目的を達成したルーテはあっさりと探索を諦め、研究所を立ち去ることにした。


 他人の家に不法侵入してアイテムを持ち去るのはゲームの基本なので、特に罪悪感はない。さらに言えばカルマも下がらないので、システム的に見ても何ら問題のない行為である。


 ――少なくとも、ルーテはそう思っていた。


「おじゃましました。そのうち返しに来ます!」


 ルーテは目を輝かせながら大声でそう呼びかけ、図書室の扉を閉じる。


 その時だった。


「たすけて……くれぇ……」


 すぐ近くで、助けを求める男のうめき声がする。


「………………!」


 ルーテは驚き、慌てて周囲を見回した。


 そして、一階の玄関ホールに血に染まった白衣を着た男が倒れているのを発見する。


 指南書を大事に懐へしまった後、急いで階段を駆け降り、男を助け起こすルーテ。


「だ、大丈夫ですかっ?!」


 男は腹部から出血していて、苦しそうに顔を歪めていた。


 おそらく、ルーテが二階を探索している間にどうにかここまで這って来たのだろう。


(あまり得意ではないのですが……奇跡を使うしかなさそうです……)


 奇跡とは、神に祈ることで発動する、戦技や魔法とはまた別の特殊技能である。


 信仰心のステータスを元にその威力が算出され、予め一日の使用可能回数が決められているのが特徴だ。


 その効果は様々だが、基本的に回復系や補助系ものが多い。


 信仰心を全く理解していないルーテにはかなり苦手な種類の技能だった。


「高潔な癒しの女神よ、傷つき倒れたこの者にどうかひとときの安らぎをお与えください。――アモル」


 おまけに、初級の時点でかなり詠唱が長いのも嫌いな点である。


(奇跡に頼らない回復手段が欲しいですね……)


 ルーテはそんな罰当たりなことを考えながら、男の傷の治療を始めた。


 すると、いくらか痛みが和らいで楽になった男が、ルーテの顔を見ながら呟く。


「ぐっ……私にも……天使が……迎えに来たのか……」

「違います」

「そうか…………では……やはり悪魔か……」

「心外です」


 それから、男はうわごとのように話を続けた。


「…………実験体が……脱走した。…………どうにか……地下区画は封鎖したが……完全ではない。……だが、私は……もう駄目だ……」

「結構喋れてるので大丈夫だと思いますよ?」

「…………後は……頼んだ。うぐ……っ!」

「し、しっかりしてくださいっ! いきなり頼まれても困ってしまい――」


 そこまで言いかけて、ルーテは腕の中の男が息絶えていることに気付いた。


「ます…………」


 ルーテが手を離すと、男は力なく地面に転がる。


「そんな……! さっきまであんなに沢山話していたのに……!」


 それが、この世界で初めて目にした人間の死だった。


 モンスターのように死体が消滅することもない。


 ルーテは、この世界に生きる人間の命の重さを少しだけ理解した。


(アレスノヴァはまだ充電中ですし……ちょっとくらいならお願いを聞いてあげても良いかもしれません)


 床の方へ目を遣ると、男が這った血の跡が、何もない壁の方からここまで続いてきている。


「なるほど……入口はあの壁の向こうですか。さすがにあれは見つけられません」

 

 納得した様子で呟き立ち上がるルーテ。隠し階段は、普通に一階に存在していたのだ。


「ええと……」


 よくよく壁を調べてみると、一か所だけ微かに色が変わっている。実はそこが引き戸になっているのだ。


 そしてその先には小部屋があり、頑丈そうな扉が行く手を阻んでいた。男が命を賭して閉めた扉である。


 ルーテはそれを魔法でこじ開けると、ようやく地下へと続く階段を発見することができた。


「……どちらにせよ、もともと攻略するつもりだったダンジョンです! 臆することはありません!」


 覚悟を決めて魔導研究所の地下へと乗り込むルーテ。


「実験体とやらを討伐します!」


 ――ちなみに、男が最期に言っていた言葉の意味は「もっと厳重に扉を閉めろ」である。

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