第116話『自信持ってけぇーい!』




 それからしばらくして他の部員たちも到着した。

 酒井先輩は家の用事とやらで欠席らしい。

 カルロッタさんは皆と入れ替わりで帰って行った。


 あの人、本当に俺を見るためだけに立ち寄ったんだな……。



「わあ! すごい絶景ね! まるで人がゴミのようだ! って言いたくなるわ!」



 結城優紗が窓枠の前で仁王立ちしながら恥ずかしいことを言っている。

 だがまあ、気持ちはわからんでもない。

 25階だからね。


 普通のマンションでは味わえない高さだし。

 そういえばこのマンションにはジムやプールもあるらしい。

 やれやれ。


 俺も人生で一回くらいはこんなハイグレードなマンションに住み、開放的なガラスの前でパンツ一丁になって夜景を見下ろす生活を送ってみたいものだ。


 それを実現するためにはきっと悪いことをうんとたくさんしなければならないので難しいだろうが……。


 金持ちは大体みんな悪いことをしているはず。


 知らんけど。





 まもなく花火の開始時刻である。


 どこからともなく現れた黒いスタイリッシュなスーツを着た女性がお菓子を載せたケーキスタンドをカートで持って来てくれた。


 白い手袋ってなんかデキる執事感あるよね。


 ガブリエーレさんもローストビーフや生ハムやサンドイッチ、フルーツなどをテーブルの上に用意してくれる。


 この軽食でも摘まみながら鑑賞してね、ということか。

 すごい歓待だぁ……。





 ピカピカと夜空に打ち上がる大輪の華。

 赤、緑、オレンジ、ピンク。

 きらびやかな花火の色が舞うたびに俺たちは『ほう』っと感嘆の声を上げる。


 高層からの眺めに加え、部屋の明かりを消して薄暗くしたことで雰囲気が出ているためシャレオツな空気感がなおさらハンパない。


 こんな体験をしてしまったら『花火ってタワマンから見るもんでしょ?』とかイキった発言をうっかりするようになってしまうかもしれん。


 だが、ここはあくまで鳥谷先輩の家。

 決して俺自身がビッグになったわけではない。

 自戒せねば。





 しかし、友人同士で寄り集まって夜に花火を見る。

 これもかなり青春的なポイント高いよな?

 俺の高校生活って、当初のマイナススタートからすればかなり上々になってるんじゃないか?


 あとはクラスでの立場がどうにかなれば言うことないんだけど……。


 なんて思いながら俺がメロンに生ハムを載せて生ハムメロンを自作していると、


「ねえ、新庄君」


 丸出さんが隣にやってきて、何か決意をしたような表情を向けてきた。


「丸出さん……? どうしたの?」


「あのね、新庄君は教室で話しかけないでくれって言ってたけど、二学期はわたしはもっと積極的に新庄君に声をかけていこうと思うんだ」


「ええっ?」


 丸出さんに話かけないでくれと言ったのは評判の悪い俺といると丸出さんまで周囲から敬遠されてしまうのではと危惧したからだ。


 いずれ周囲の誤解を解いたらそのときは丸出さんと教室でも普通に話そうと考えていたのだが……。


「ほら、クラスのみんなは新庄君をよく知らないから好き勝手に想像の新庄君を作り上げて必要以上に怖がっているところがあるでしょ? 馬飼学園の……馬王にもなっちゃったし、その現実に乖離したイメージはさらに加速してると思う」


 確かに馬王になったことでより一層やばいヤツと見られているかも。


 一学期の最終日はクラスの反応が怖かったので周りをあまり見ないようにしていたから現状の自分がどういう目で見られているのか詳しくわからない。


「ずっと思ってたの。一学期は止められていたから静観していたけど、やっぱり誰かが橋渡し役にならないと改善するのは難しいんじゃないかなって。わたしと普通に話してるところを見たら、多分きっとみんなのイメージも変わっていくはずだよ」


「丸出さん……」


「新庄君はもっといろんな人と仲良くなれる人だと思うから。それに新庄君がみんなに恐れられてしまったきっかけはわたしにあるし……」


 シュンとうなだれて丸出さんは言葉尻が弱くなっていく。

 ああ、やっぱり彼女は気にしていたのだ。

 けど、丸出さんが思い悩む必要などどこにもない。


 あれは一ヶ月前まで中学生だった年下女子をナンパしようとした花園の野郎が全部悪いのだ。


 いや、力加減を見誤った俺も多少はイカンかったかもしれんけど。


「おうおう! そうだ! しんじょーは馬飼学園の馬王になったんだぞ? きっと二学期はみんなの人気者になれるに決まってる! みんな仲良し! 自信持ってけぇーい!」


 シャンパン……ではなく、シャンメリーの入ったグラスを高く掲げてゴキゲンな展望を語る鳥谷先輩。 


 そりゃ鳥谷先輩にとって馬王の称号はすごい付加価値なんだろうけど。


 そんな楽観的に考えていいものか?


「ならあたしだって休み時間にときどき杏南ちゃんと一緒にそっちのクラスまで行ってあげるわよ! それで新庄が無害だってことをアピールしてあげる! ねっ、杏南ちゃん?」


 結城優紗がしゃしゃり出てきた。


 江入さんと結城優紗は同じクラスである。


 打ち上がる花火に視線を向けつつも皿から軽食を正確に掴み取って口に次々運ぶ江入さんが少し嫌そうな顔をしていたのを俺は見逃さなかった。


「丸出さん、そんな責任を感じなくても大丈夫だよ。クラスには須藤もいるしさ。あいつも自分の友達と引き合わせてくれるって言ってるし」


「うん……」


「けど、二学期は俺も丸出さんに教室で話しかけてみてもいいかな?」


 俺が付け加えてそう言うと、丸出さんはパアっと表情を明るくした。


「もちろん! 教室で他人のフリをするって結構しんどかったんだよ? 二学期は普通にしゃべっていこうね?」


 こうして、俺は一学期に禁じていた丸出さんとのクラスでの交流を解禁することにした。


 俺のエゴより、どうにかしたいと思ってくれた丸出さんの気持ちを優先したかったからな。


 それに……一人でどうこうするより、こういう人の感情の機微が関わる事柄は誰かと一緒になって解決したほうがいいかもしれない。


 なんとなく俺はそう思ったのだ。


 否、そう思えるようになったのだ。



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