第71話『見せかけだけのムキムキ』
「ねーねー? その人も怜央兄の知り合い?」
俺と月光を交互に見て、圭が興味深そうに割り込んできた。
「ああ、一応、俺の学校の二つ上の先輩だが……」
先輩といっても敬語とか使ってないし、まったく先輩扱いしてないけど。
「へえ、そうなんだ! 初めまして! あたしは新庄怜央の妹の圭っていいます!」
圭は天真爛漫な笑顔を浮かべて言った。
「おう、オレは月光雷鳳だ。よろしくな!」
圭の距離感が近い挨拶を月光は朗らかに受け止める。
「らいほう君っていうんだ! すごいボコボコの腕してるね? わたしがぶら下がっても持ち上げられそう!」
圭は生まれて初めて見る若い男のマッチョをキラキラした目で眺めていた。
基本、村にはおっさんや爺さんしかいないからな……。
農作業などで体を動かしている人は多いが、その辺のレスラー以上に鍛えているだろう月光の雄々しい肉体には及ぶはずもない。
圭は小さい村で同世代とほとんど関わらず育ってきた。
そんな彼女にとって、月光のハリのある筋肉は黒船来航並みの衝撃なのかもしれない。
「ちょっとぶら下がって試してみるか?」
月光はグッと力こぶを作る形で右腕を曲げる。
「いいの!? やったぁ!」
許可を得た瞬間、圭は月光の腕にぴょんと飛びつく。
ああ、なんてはしたないことを! お前、もう中三の女子やろがい!
そこは社交辞令だと思って断れよ!
「すごーい! ビクともしない!」
「ハッハッ、全然軽いもんだぜ?」
圭を腕に引っかけたまま力こぶポーズを維持する月光。
そのままくるくる回ったりしている。
完全に親戚の子供と遊んでやってるおじさん状態だが……。
くそっ……それくらい今なら俺だってできるもん。
魔王のパワー持ってるから超余裕で持ち上げられるし?
なんなら俺の方がそんなやつより力あるんだからね!
見せかけだけのムキムキに騙されるな!
「嫉妬乙」
ぐぬぬ……と顔を歪める俺の隣でポーカーフェイスの宇宙人が静かにそう呟いた。
こいつ、徐々に発言がネットミームに汚染されてきてるな……。
「らいほう君はウチに泊まっていかないの? 怜央兄と同じ学校なんでしょ? せっかくだし、一緒にウチに来たら?」
月光にじゃれながら、圭がおもむろにとんでもないことを言い出す。
おいこら、恐ろしいことを提案するんじゃない。
同じ学校だからって全員が友達なわけじゃないんだぞ。
少人数の分校しか知らない圭には、知り合いだけどなんかそういうんじゃないその辺の微妙な距離感がわからないのかもしれないが。
「悪いな、オレは山に登ってキャンプする予定だから遠慮させてもらうわ。また機会があったら誘ってくれよ」
「そっかぁ……他に予定があるなら仕方ないね……」
しょんぼりとうなだれる圭。
落ち込むことはないぞ妹よ。
そいつよりパワーのある兄が帰ってきたんだからな。
江入さんがまた意味ありげな視線を送ってきたが俺はスルーした。
◇◇◇◇◇
「いやぁ、怜央君は年下ですけど見習うべきところがたくさんある立派な男ですよ!」
「ほう、そうなんかい? そいつぁ嬉しいこと言ってくれるねえ!」
運転をする祖父と月光がワゴン車の中で会話に花を咲かせていた。
波長が合ってるのか意気投合してるし……。
合宿参加こそ断った月光だったが、ヤツは俺の家に向かう車に乗っていた。
理由は俺の祖父が、
『おい少年! 山ってのはどこの山だ? 村と方向が一緒なら送ってってやるぞ! 怜央の学校の先輩なんだろ? お前さんも乗っていきな!』
と言ったからだ。
月光が登山する予定の山は俺の村の近くだったので、かくして彼は同乗メンバーに加わったのである。
「ねえ、怜央兄、都会はどんな感じ? あたしも来年受験だから教えてよ」
ふいに、隣の座席に座る圭が期待に満ちた目で訊いてきた。
一つ下の妹の圭は来年、俺と同じく都会の高校を受験する。
まだ完全には絞りきっていないそうだが、女子校なども含めた複数校を受験候補に検討しているらしい。
ここは都会の先遣隊として、しっかりありのままを報告してやるか……。
俺は一学期の間に起きたことを思い返しながら口を開いた。
「都会は楽しいところも多いが怖いところもたくさんある場所だ。ストーカーはたくさんいるし、高校生は支配権を懸けた抗争を日々繰り広げている……。俺も密閉された空間に閉じ込められて命を狙われたことがあった。都会はおよそ村とは常識の違う、腕っ節の強さがモノをいう弱肉強食の世界だ。来るなら相応の覚悟と準備をしておいたほうがいい」
「いや、お兄ちゃん……抗争って、それマンガやアニメの話でしょ。あれだよね? 『日和ってるやついるぅ?』とか、コスモスだかマックスを潰すぞーって言ってるジャンルの」
圭は冗談だと解釈してまともに取り合ってくれなかった。
違うんだ、これは本当にあった話なんだ……。
俺の経験談なんだよ!
「そうやってありえないこと言って脅かしてきてさぁ……。なんか、あたしがそっちに行ったら困ることでもあるの?」
シラーッと冷たい目で俺を見やると、圭はプイッと窓の外に視線を向けてしまった。
兄として妹を心配しただけなのに……。
そこまで嘘くさい話だったか?
ノンフィクションの実体験を信じて貰えない悲しみに俺は肩を落とした。
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